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かいこん ほこら
悔恨の小祠
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 《力》すら満足に扱えず、護ると決めた譲にまで心配される始末だ。
 認めたくはないが譲に対して劣等感に似た感情すら抱いている。
(やっぱりオレには無理なのかもな……)
 自分なんかが本当に誰かを守れるのか?人を救えるのか?
 直江や綾子や千秋がやるように?
 確かに自分は今まで美弥を守ってきた。なりふり構わず、傷だらけになって必死に。
 裏返せば美弥ひとりにだって手一杯だったのだ。
 いや、美弥からだって逃げ出して母親のもとへ駆け込もうとしたことすらあった。
 そんな俺に何ができるというんだろう。
 現に自分は今日、何もできなかった。
 ずっと、早く大人になりたいと思っていた。力が欲しい、と。
 実際、年を取り、ありえないような力を手にするチャンスを得たのに、何の役にも立ててはいないじゃないか。
チャンスを活かしきれない自分がもどかしい。
 もしかするとこのチャンスは、自分には相応しくないのかもしれない。
 譲のような者にこそ与えられるべきものなのかもしれない。
 あまりにも高耶が沈んでいるためか、直江はいよいよ心配になってきたようだ。
「本当に大丈夫ですか?」
 あまり深くは追求はしないように、無理やり心の内を話させるようなことしないようにと、言葉を慎重に選ぶようにしながら言った。 
「あまり独りで考え過ぎないようにして下さい。私達が何のためにいると思っているんですか。……まぁ、あまり信用されてないことは自覚しているつもりですが、他人に話すことで心が軽くなることもあるでしょう」
 その気になったらいつでも言ってください、と直江は言った。
「………」
 きっとあの誠実な瞳がこちらを向いているのだとわかる。
 高耶は見つめ返すことが出来ず、視線を足元に落としたまま低い声で聞いた。
「あいつを《調伏》するのか」
「それ以外にないでしょうね」
「浩二って人ごと?」
「彼が取り込まれてしまったのかどうかは、未だ確認できてはいませんが……。あの霊体からは邪気しか感じられませんでした。いずれ良からぬ事を始めるでしょう。ここは被害が広がる前に《調伏》がセオリーです」
 高耶は重苦しいため息をついた。
「浩二は何でこの世に残ったんだろう。あの田辺って奴が言ってたみたいに、彼女とのことを恨んでたのかな」
「彼の死後に留美子さんを想うようになった、というのが本当ならば、何か他に理由があったんでしょう」
「じゃあ、どーしても結婚したかったのかもな」
「あるいは留美子さんとは全く関係の無い理由かもしれない。死ぬ間際に、もっとこうしておけばよかった、とか、あんなことするんじゃなかった、と考えない人間がいると思いますか?」
 しかし思った時にはもう取り返しがつかない。数秒後には命が尽きる。
 突然の終焉に、生きてさえいれば、と思わずにいられる人間がいるだろうか。
「……残された方だって辛いよな」
 高耶は留美子や道男のことを考えた。
 浩二が最期に何を思ったのか、留美子も道男も知ることはできない。彼らの手の届くところに、浩二はもういないのだ。
 浩二の霊があの霊体に取り込まれていたとして、《調伏》してしまったら、それこそ二度と浩二の"声"は聞くことができない。  
「残してしまった者と、残された者と、どちらが辛いんでしょうね」
「……さあな」
曖昧に答えはしたが、残されたほうが辛いんじゃないかと高耶は思う。
 脳裏に母親の後ろ姿が浮かんだ。
 仙台行きの話を聞いてからよく思い出すようになっていた。
(残されたほうは辛いし、惨めなんだ)
 いなくなった人と自分の思い出の中に反省点はなかったか、ひたすら繰り返し考える。
 そればかりに囚われて、なかなか新しい人間関係を築くことが出来ない。
 もやのような罪悪感の中で自分を責め続けるのだ。 
「高耶さん?」
 またしても黙りこんだ高耶の顔を直江は覗き込む。
 思わず視線を合わせてしまった。
 心配そうに歪められた眉の下に鳶茶の瞳。
「大丈夫ですか?」
 今日何度目の台詞だろう。今度は眼を逸らさなかった。
 逸らさずにおいて、湧き上がってくる感情を抑え込んだ。
 この男が心配なのは”景虎”でオレじゃない。
(だけど……)
 もし、オレが大丈夫じゃないって言ったら、この男はどうするのだろう。
 助けてくれと言ったら、一体どんな言葉をくれるのだろう。
 苦しげな顔なをする高耶に直江は言った。
「あなたにそんな顔をさせるモノなんて、あの場で息の根を止めておくべきでしたね」
 少々不穏なその台詞と相対する静かな声に高耶は眼を見開いた。
 しばらく高耶を見つめたままだった直江は一度眼を閉じると、前に向き直って言った。
「死者にとっても、負の感情は行き詰るばかりで苦しいだけです。《調伏》することで行き場のない苦しみが消えるのならば、かえってそのほうが幸せなのかもしれません」
 彼らには真っ白な来世が待っているのだから───
 直江はどこか遠くの方を見ながらそう言った。
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