かいこん ほこら
悔恨の小祠
「幽霊騒動?ここで?」
高耶はコーヒーをすすりながら聞き返した。
「えぇ、1年程前ですかね」
ドアを開けたまま助手席に座る高耶の横で、車に寄りかかりながら直江が答えた。
それは若い男の霊がサービスエリアの従業員や客に何事かを話しかけてくる、というものだった。
必死に訴えかけてくるのだが、全身あちこちにひどい火傷を負ったその地縛霊は、喉も焼けてしまっているかのように、掠れきった声にならない声を発するのだという。
そのヒューヒューという音が更に恐怖をかきたてる、ということで、話題になったそうなのだ。
もちろん、霊体なのだから実際に声が出せる訳もない。本人(本霊?)よる"声が出ない"という思い込みが、そのような音を聴かせるのだろう。
「たまたま噂を聞いて、晴家とふたりで来てみたことがあったんですが、彼女でも声は聞き取れませんでした」
一般人に姿を見せるだけの霊力はあるくせに、思念波の類は一切駄目らしい。
放っておけばいたずらに噂が広まっていくだけだろうが、邪気も感じず人に危害を加える訳でもないその霊を、結局直江たちは《調伏》しなかった。
特に綾子が嫌がった。
───あれだけ必死に何かを伝えようとしているのに、《調伏》なんてできないわ。
潜在《力》は充分にある。霊齢が上がれば、意思を伝えられるような手段を得られる可能性もある。
ただし、いつまでも人格を保っていられるとは限らない。
この世に残った本来の目的を忘れ、感情だけが暴走し、人的被害を出すようになれば、《調伏》しなくてはならなくなる。
また、人格を保ったまま力をつけてしまえば、憑依霊となる可能性もある。
が、今すぐに《調伏》する必要はないと判断した。定期的な監視行動を続けよう、と。
「んで、見に来たわけか……」
手の中の茶色い液体を見つめる。
「大変だな。ただ《調伏》すればいいってもんでもないんだな」
「私たちの使命は人に危害を加える怨霊をあの世へ還すこと、ですから。出会った霊を全て《調伏》していたらキリがありませんよ」
確かにそうだ。
高耶も"視える"ようになって、浄化できなかった霊というものは思いの他多く存在するのだと知った。
《調伏》の条件が人的被害を出すことであれば、殆どの霊はそれに該当しないだろう。
「我々には全国に10年以上、あるいは換生を挟んで100年以上も付き合いのある霊だっているんです。
そういう霊達はもう"霊"とは呼ばない場合が多いですが」
それは守り神と呼ばれたり、妖怪と呼ばれたり、神と呼ばれる場合もあるそうだ。
「近頃はそういうことも随分と少なくなってしまいましたが、少し前までは当たり前のようにあったものです」
直江の言う少し前がどれくらい前のことなのか高耶にはわからなかったが、"そういうこと"を大事にしてきたであろう直江たちの姿勢は口調から伝わってきた。
"夜叉衆"なんて名前からして、霊とは敵対する存在なのだと思いがちだが。
(ちょっと、誤解してたかもな)
「で、その火傷したお化けにはもう会ったのか?」
お化けですか、と直江は苦笑いで突っ込みながら、
「気分がよくなったのなら、一緒に見に行きましょうか」
と、車から身体を離した。
そういえば、寒気も息苦しさもすっかりよくなっている。
「ちょっと、会ってみたいよな、そのお化け」
高耶も立ち上がった。
夜叉達が消極的ながらも守った死に人。
一体どんなことのために、この世に残ってしまったのだろう。
高耶の中に芽生えた興味が、再びやる気へと火を灯す。
自販機のコーヒー一杯で、随分と身体が温まった。
高耶はコーヒーをすすりながら聞き返した。
「えぇ、1年程前ですかね」
ドアを開けたまま助手席に座る高耶の横で、車に寄りかかりながら直江が答えた。
それは若い男の霊がサービスエリアの従業員や客に何事かを話しかけてくる、というものだった。
必死に訴えかけてくるのだが、全身あちこちにひどい火傷を負ったその地縛霊は、喉も焼けてしまっているかのように、掠れきった声にならない声を発するのだという。
そのヒューヒューという音が更に恐怖をかきたてる、ということで、話題になったそうなのだ。
もちろん、霊体なのだから実際に声が出せる訳もない。本人(本霊?)よる"声が出ない"という思い込みが、そのような音を聴かせるのだろう。
「たまたま噂を聞いて、晴家とふたりで来てみたことがあったんですが、彼女でも声は聞き取れませんでした」
一般人に姿を見せるだけの霊力はあるくせに、思念波の類は一切駄目らしい。
放っておけばいたずらに噂が広まっていくだけだろうが、邪気も感じず人に危害を加える訳でもないその霊を、結局直江たちは《調伏》しなかった。
特に綾子が嫌がった。
───あれだけ必死に何かを伝えようとしているのに、《調伏》なんてできないわ。
潜在《力》は充分にある。霊齢が上がれば、意思を伝えられるような手段を得られる可能性もある。
ただし、いつまでも人格を保っていられるとは限らない。
この世に残った本来の目的を忘れ、感情だけが暴走し、人的被害を出すようになれば、《調伏》しなくてはならなくなる。
また、人格を保ったまま力をつけてしまえば、憑依霊となる可能性もある。
が、今すぐに《調伏》する必要はないと判断した。定期的な監視行動を続けよう、と。
「んで、見に来たわけか……」
手の中の茶色い液体を見つめる。
「大変だな。ただ《調伏》すればいいってもんでもないんだな」
「私たちの使命は人に危害を加える怨霊をあの世へ還すこと、ですから。出会った霊を全て《調伏》していたらキリがありませんよ」
確かにそうだ。
高耶も"視える"ようになって、浄化できなかった霊というものは思いの他多く存在するのだと知った。
《調伏》の条件が人的被害を出すことであれば、殆どの霊はそれに該当しないだろう。
「我々には全国に10年以上、あるいは換生を挟んで100年以上も付き合いのある霊だっているんです。
そういう霊達はもう"霊"とは呼ばない場合が多いですが」
それは守り神と呼ばれたり、妖怪と呼ばれたり、神と呼ばれる場合もあるそうだ。
「近頃はそういうことも随分と少なくなってしまいましたが、少し前までは当たり前のようにあったものです」
直江の言う少し前がどれくらい前のことなのか高耶にはわからなかったが、"そういうこと"を大事にしてきたであろう直江たちの姿勢は口調から伝わってきた。
"夜叉衆"なんて名前からして、霊とは敵対する存在なのだと思いがちだが。
(ちょっと、誤解してたかもな)
「で、その火傷したお化けにはもう会ったのか?」
お化けですか、と直江は苦笑いで突っ込みながら、
「気分がよくなったのなら、一緒に見に行きましょうか」
と、車から身体を離した。
そういえば、寒気も息苦しさもすっかりよくなっている。
「ちょっと、会ってみたいよな、そのお化け」
高耶も立ち上がった。
夜叉達が消極的ながらも守った死に人。
一体どんなことのために、この世に残ってしまったのだろう。
高耶の中に芽生えた興味が、再びやる気へと火を灯す。
自販機のコーヒー一杯で、随分と身体が温まった。
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悔恨の小祠