忍者ブログ
かいこん ほこら
悔恨の小祠
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





back33」≪≪  
連載Index

 なんと、今回の事件の発端となった例の五年前の玉突き事故の加害者が、自死を図ったというのである。
 その男は刑務所にて服役中だったのだが、使用しているシーツを裂いたもので首を括っていたそうだ。
 しかも話はそれだけでは終わらない。
 加害者の遺体やその周囲は、成分のよくわからない粘液のようなもので汚れていたという。
 男が死ぬ直前に話をした刑務官は、タヌキがどうのこうのと言っているのを聞いたそうだ。
 過去、裁判において全く反省の色をみせなかった加害者の、突然の自殺。
 今のところ遺書も見つかっていない。
「そ、それって……」
『ええ、ちょっと不可解でしょう?』
 不可解どころの話ではないと高耶は思うのだが、直江は今後、自殺者が出ないよう様子をみるだけで、詳しく調査するつもりはないらしい。
「いいのかよ」
『ええ。たぶんもう、何も起きないでしょうから』
 やはり"御狸様"はあの林にいて、町田の願いを叶えたのではないかと直江は思っているらしい。
 だとしたら、加害者の命が消えた時点で復讐は成ったのだから、今後被害者が出ることはないだろう。
 問題は、加害者の自殺を町田のせいだと考えたはる香が、相当ショックを受けているということだ。
 そんなこと自分は全く望んでいなかった、加害者にも罪の重さを噛みしめながら寿命を全うして欲しかった、と泣いていたという。
『彼女とは、しばらく連絡を取り合うつもりでいます』
「そっか……」
『そういえば、あなたにありがとうと伝えて欲しいと仰ってました』
 夫の最期の時に、高耶が言ったという台詞を聞いて、驚いていたそうだ。
 はる香は確かに夫にもっと生きていて欲しかったし、お互いの心の穴を埋め合いたいと思っていたから、それを伝えてくれた高耶にとても感謝している、と。
「感謝なんて……」
 自分ははる香に大しては一切何もしていない。たぶんこの先も、これ以上してあげられることはない。
 しかも、唯一はる香の心に必要だった人間を、あの世へ送ったのは自分だというのに。
 今更、町田を恨めしく思った。
「息子や孫に置いていかれて苦しんだ人間が、一番大事な人を置いてっちゃ駄目だよな……」
 その言葉に電話の向こうで直江も黙り込む。
「人の苦しみも、《調伏》してあげられればいいのにな」
『高耶さん……』
 直江はすぐに、しかも迷いなく答えた。
『大丈夫ですよ、高耶さん。はる香さんは死者達とは違う。何せ命があるのですから。生きている限り人は前に進めます。悲しみを乗り越える術をきっと手に入れる。彼女の痛みが永遠に続くことは絶対にありません。いつか必ず、癒される日が来る。必ず、報われる日が来る。私はそう信じています』
「直江……」
 それはとてもよく解る。けれど、はる香に何もしてやれない自分がものすごく不甲斐なく感じる。
 自分は相手が死者で無いと、役に立たないチカラしか持ち合わせていない。
 そう言うと、直江は諭すように言った。
『以前にも言いましたが、私達に出来ることは、極力新たな痛みを生まないようにすることです』
「そうだな……」
 前に直江が言ったその言葉は、間違いなく高耶の中に息づいている。
 だから町田に対してあんな風に言えたのだ。
 直江と言葉を交わしていれば、はる香もきっと前を向ける日が来るだろう。言葉の中に誠実さを宿している男なのだ。
 と、そこまで考えて、高耶は思わず赤面した。
 心の中だけのこととはいえ、一瞬でも考えてしまった事がとても気恥ずかしくて、茶化したくなった。
「当然、お前が事故なんて起こしたらシャレにもなんねーんだからな。常に安全運転を心がけろよ」
 偉そうに言った後で、しまったと思った。
 事故ったあなたに言われたくない、なんて嫌味な返事が頭に浮かんで、思わず身構えたが、
『そうしたらまた、誘われてくれますか』
 囁くように、そう言われた。
 電話の向こうの直江の笑顔が眼に浮かんで、思わず高耶はげんなりした。
「だから、野郎相手に何言ってんだよっ!」
 そう言うと、らしくないほどの笑い声が電話口から聞こえてきた。
「電話代がもったいねーから切るぞ!」
 受話器に向かって怒鳴っていると、美弥の顔が台所から覗く。
「おにいちゃーん、ごはんできたよー」
「わかった、今行く」
 まだ笑っている直江にもう一度怒ってから電話を切った。
「随分楽しそうだったね?美弥のこと、何か言ってた?」
「楽しくなんかねーっつーの。美弥、いいからあんな男のことはさっさと忘れなさい」
 といいつつ、直江が喜んでもらえれば、と言っていた事を伝えてやる。
 満面の笑みでこちらにやってきた美弥の姿をみて、ふっと気がついた。
 突然に訪れる別れ。
 美弥が突然事故にあう可能性がないとはいいきれないのだ。
 もしくは自分が何かで命を落とす可能性もある。
 美弥の頭に手をのせると、なあに、とまるで恋人に甘えるように高耶の体に抱きついてきた。
(オレは、案外幸せな人間なのかもしれないな)
 決して恵まれた境遇ではないと思っていたが。
 高耶も美弥の肩に手を回すと、美弥はうれしそうににこっと笑った。
 この笑顔をみると、自分の大切なものが何なのか、再確認できる。
「腹、減ったな」
「うん♪今日はしょうが焼きだよ!」

 世界は広い。
 高耶は直江達との出会いを通じて、少しずつ自分の世界を広げ始めているが、それでもまだ知らないことが山ほどある。
 今更のように気付いた日常の幸福をかみ締めて、暖かな湯気の立ち上る食卓へと向かった。



  □ 終わり □
PR




back33」≪≪  
連載Index

かいこん ほこら
悔恨の小祠

01  02  03  04  更新日2009年05月03日
05  06  07  08  更新日2009年05月08日
09  10  11  12  更新日2009年05月15日
13  14  15  16  更新日2009年05月22日
17  18  19  20  更新日2009年05月29日
21  22  23  24  更新日2009年06月05日
25  26  27  28  更新日2009年06月13日
29  30  31  32  更新日2009年06月19日
33  34          更新日2009年06月19日
        










 忍者ブログ [PR]