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かいこん ほこら
悔恨の小祠
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 息を整え、目を閉じた。
(頼む………!)
 何ものかに祈りを捧げつつ、思い浮かべたのは直江の姿だった。
 初めて直江が調伏して見せたあのときの言葉と手の運びを、思い描きながら印を結ぶ。
「のうまく ぼだなん……」
 わずかに手ごたえを感じた。
「景虎……!?」
「……ばいしらまんだやそわか!」
 その言葉では言い表せない感覚を逃さないように集中する。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
 掌のなかにまばゆい光が生まれる───

「《調伏》!!!!」

 高耶のその言葉で、大量の光が浩二を包み込んだ。
 魂を押しつぶすような感触と浩二からの感謝の情が結んだ手に伝わってくる。
(あんたの気持ちは絶対彼女に伝えるから……!)
 高耶の誓いと共に、浩二の魂を包んだ光はあっという間に大気に溶けていった。
(おわっ……た……)
 思わず呆けそうになった高耶だったが、その余韻に浸る暇もなく、今度は千秋から怒声が飛んだ。
 高耶は再び御狸と向き合う。
 吐き出せる霊魂はもうないと見てとった千秋の容赦ない念攻撃で御狸はすっかりしぼんでいた。
 毛が抜け落ち皮も剥がれ、背丈の小さい人の姿となっていた。
 間違いなく町田であろうその霊は、ひどくやせ細って、骨ばった腕や足をぎくしゃくと動かしている。
 御狸の正体は、タヌキの妖怪ではなく人霊がケモノの姿となったものだったのだ。
 しかし、もう攻撃もしてこない。
 哀れに這いつくばって地面を見つめ、時折咳き込みながらぶつぶつと何かつぶやいている。
 よく聞くとそれは贖罪の言葉だった。
 ズキン、とした痛みを胸に感じながら高耶は男の前に跪く。
「町田サン」
 あげた顔は、頬がげっそりとこけていて痛々しい。
「気が済んだか」
 町田の頬に涙がつたった。
 不幸な人だと思う。不運とも呼びかえられる。
 当然あると想定していた未来を他人の不注意によって奪われてしまったのだ。
 だけど、こんなことをして一体誰の得になるというのだろう。
「俺はまだ家族と死に別れたことねーし、本当の意味ではわかってやれねーよ、あんたの気持ち」
 高耶はまっすぐに町田を見つめながら、昨夜眠れずにずっと考えていたことを伝えようと思った。
「だけど、やっぱりあんたは不幸に負けちゃ駄目だったんだ。人為的なトラブルでも、起きちまったらもう過去は変えられない。どんなにつらくても、先を……未来をみるべきだった」
 二度と変えることの出来ないものを見つめていても、不幸だし、行き詰まるだけだ。
 しばらく視線を泳がせていた町田は、こう伝えてきた。
───息子夫婦や孫のいない未来にどんな意味があるのか。
 町田の眼から更に涙が溢れ出した。その瞳はまるで見えるはずのない息子達の姿を見ているようだ。
 高耶は語調を強くした。自分の言葉が町田に届くように願いながら。
「いや、あんたには本当の未来のことなんてちっとも見えてなかったんだ。たぶん見ようともしていなかった。息子たちの死というアクシデントのフィルターを通してでしか物事を考えられなくなってたんだ。
 たとえば、天災で息子たちがなくなったらどうだった?あんたは同じように自分を責め、こんなことをしでかしていたのか?どうしても納得のいかない、受け入れがたい事が起きて、感情を自分の中で処理しきれずに、あんたは自分で自分を責めることに逃げ込んだんだ。それじゃあ怒りに任せて無関係の事柄を呪うのとおんなじだ。あんたが本当にすべきだったことは、理不尽を自分や加害者に押し付けることじゃなかった。大事な人間のいなくなった現実をちゃんとみつめて、この先どう生きていくかをもっと考えるべきだった」
 それは机上の空論かもしれない。いざその立場に立てば、終わりの見えない拷問のようなものかもしれない。逃げ出したくもなるだろう。
「あんたが逃げたことを責めるつもりはない。あんただけが特別に弱いとも思ってない。誰にだって自分の足で立てなくなることはある。けどそうなったとき、あんたには一緒に支え合って立ち上がるべき人がいたんだろう?」
 息子夫婦と孫が事故で死に、夫に先立たれ、残されたはる香は今、ひとりだ。
「彼女をひとりにしたことこそがあんたの罪だと思う。そのことのほうをあんたは後悔すべきだ」
 初めて町田の嗚咽がとまった。
「……人は必ず死ぬんだ。どんな形であれ、必ず先に逝く者と残される者が生まれる。生き残った人間が死者を想うなら、死者の想いに報いることを考えなくちゃ駄目なんだ。死者が何を想っていたのかをなるべく正確に推し量って、そのことについて自分に出来ることがあるのかを考えなくちゃ駄目だ」
 そこまで喋って、高耶は大きく息をついた。そして、今のは受け売りだけど、と付け足した。
───どうすればいい。もうとりかえしはつかない。
 町田の表情は苦渋に満ちていた。
 高耶は別にそんな顔をさせたかった訳じゃない。ただ無理やり《調伏》するんではなく、納得してこの世を去って欲しかったのだ。
「そうだな……。あんたは死んだ。もうこの世で出来ることはない。あんたがこっちですべきだったことは、きっと奥さんが後を継いでやってくれる。今のあんたにできる唯一のことは、この世を旅立つことだ。
 そしてあんたは生まれ変わって、次の人生こそ遣り残しの無いようにすればいい。運が良ければ、来世でまた息子達に会えるかもしれない。そしたら、今度こそ皆で一緒に過ごせるさ」
 高耶の言葉は魔法のように町田の表情を穏やかにしていった。
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