かいこん ほこら
悔恨の小祠
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「あの事故の起きた日、長野に住む息子夫婦を東京に呼び寄せたのは、主人だったんです」
東京で暮らしていた息子一家が長野市内に引っ越したのは事故からちょうど1年半前。
息子の転勤がきっかけだった。以来、多忙を理由になかなか帰省せず、正月には町田とはる香ふたりで自ら長野まで会いにいった。
病身の町田はとうに仕事も辞めて、家と病院の往復に体力の全てを捧げる日々だったそうだ。
毎週末の様に顔を見せていた孫娘ふたりに会えないことを、相当悲しんでいた。
「あの人、息子を散々せっついて………」
孫を連れて遊びに来い、と何度言ったかわからない。
こうなったらまたこちらから押しかけるしかない、と長野行きの計画を立て始めた頃、やっとまとまった休日が取れたから、と連絡があった。
そして───。
「あの事故に」
「ええ。自分のせいだ、とよく言ってたわ」
「御主人が悪い訳ではないでしょう」
「本人が一番そう思おうとしたと思うの。でも、思えなかったようです。息子達をこっちに寄越すんじゃなく、さっさと自分で行けばよかったんだ、と言って。裁判にいれ込んだのも、動かない身体であんなものを作ったり、遺族の皆さんのまとめ役のようなことをやっていたのも」
全ては罪ほろぼし。
「島内へ通っていたのも、息子たちに謝りに行っていたんだと思います」
何も出来ない自分を許して欲しい、と。
町田はもともと神道や土着系の神々への信心があったらしい。
息子一家の葬祭も町田たっての希望により神式で行った。
祠を建てるという行為を周りが思う以上に神聖視していたのかもしれない。
無理してまで島内に通ったところに、それが表れている。
「自分を恨むが故に、何よりも息子達の願いを叶えてやらなければと思っているようでした。裁判の行方に拘ったのもそのためです。息子達があの世から自分をみているのだとよく言っていました」
法では被告を妥当に裁くことは出来ない。息子達の恨みを晴らしてやることはできない。
ならば、もう神頼みしかない……。
そう思ったのだろうか。
「どうしてこうなってしまったのかしら、と私も未だに思います。何故私達にこんな災厄がって」
何故こんな悲劇が自分の身近で起こらなければならなかったのか。
町田はその原因を自分だと思っていた。
「確かに自分を責めることは簡単だけど……。あの人が亡くなってから、私だけはそうならないように、と思っています。きっと、誰も望んでいないことだから。息子達もそんなこと喜ばないわよ、ってもっとあの人に言ってあげればよかった……」
直江は返事が出来なかった。はる香の言葉の全てが痛かった。
暗い情動は、周りの人間をも苦しめる。
はる香が言葉をかけ続ければ、町田は納得できただろうか。
橘家の人々が脳裏に浮かんだ。
直江自身、ここ20年以上自らを責め続けてきた。だが、確かにそれは誰も望んでいることではなかった。
橘家の人達を苦しめるだけの行為だったのかもしれない。
いや、町田と自分は違う。町田に非はないが、自分には………。
「でも、もし本当にあの人が御狸様に願って、そのせいで事故がおきたのだとしたら、それはあの人を止められなかった私のせいでもあります」
今度こそ私もくじけてしまいそう───。
それをとても哀しげな声で言って、はる香は黙ってしまった。
直江は昨夜の高耶を思い出した。
───何かを責めてる感じがした
町田は自分を責めていた。
高耶があそこまで沈んでいた理由がやっと今分かった気がした。
てっきり、周囲を恨む気持ちを同調させてしまったのだと思っていた。
もともと高耶は自分の家庭の不遇を好くは思っていなかったし、寝耳に水の事態に巻き込んだ自分達や、もしかしたら劣等感を感じて譲までにも恨みを重ねてみているのではないか、と思っていたのだった。
でも違っていた。
高耶は自分を責めていたのだ。
東京で暮らしていた息子一家が長野市内に引っ越したのは事故からちょうど1年半前。
息子の転勤がきっかけだった。以来、多忙を理由になかなか帰省せず、正月には町田とはる香ふたりで自ら長野まで会いにいった。
病身の町田はとうに仕事も辞めて、家と病院の往復に体力の全てを捧げる日々だったそうだ。
毎週末の様に顔を見せていた孫娘ふたりに会えないことを、相当悲しんでいた。
「あの人、息子を散々せっついて………」
孫を連れて遊びに来い、と何度言ったかわからない。
こうなったらまたこちらから押しかけるしかない、と長野行きの計画を立て始めた頃、やっとまとまった休日が取れたから、と連絡があった。
そして───。
「あの事故に」
「ええ。自分のせいだ、とよく言ってたわ」
「御主人が悪い訳ではないでしょう」
「本人が一番そう思おうとしたと思うの。でも、思えなかったようです。息子達をこっちに寄越すんじゃなく、さっさと自分で行けばよかったんだ、と言って。裁判にいれ込んだのも、動かない身体であんなものを作ったり、遺族の皆さんのまとめ役のようなことをやっていたのも」
全ては罪ほろぼし。
「島内へ通っていたのも、息子たちに謝りに行っていたんだと思います」
何も出来ない自分を許して欲しい、と。
町田はもともと神道や土着系の神々への信心があったらしい。
息子一家の葬祭も町田たっての希望により神式で行った。
祠を建てるという行為を周りが思う以上に神聖視していたのかもしれない。
無理してまで島内に通ったところに、それが表れている。
「自分を恨むが故に、何よりも息子達の願いを叶えてやらなければと思っているようでした。裁判の行方に拘ったのもそのためです。息子達があの世から自分をみているのだとよく言っていました」
法では被告を妥当に裁くことは出来ない。息子達の恨みを晴らしてやることはできない。
ならば、もう神頼みしかない……。
そう思ったのだろうか。
「どうしてこうなってしまったのかしら、と私も未だに思います。何故私達にこんな災厄がって」
何故こんな悲劇が自分の身近で起こらなければならなかったのか。
町田はその原因を自分だと思っていた。
「確かに自分を責めることは簡単だけど……。あの人が亡くなってから、私だけはそうならないように、と思っています。きっと、誰も望んでいないことだから。息子達もそんなこと喜ばないわよ、ってもっとあの人に言ってあげればよかった……」
直江は返事が出来なかった。はる香の言葉の全てが痛かった。
暗い情動は、周りの人間をも苦しめる。
はる香が言葉をかけ続ければ、町田は納得できただろうか。
橘家の人々が脳裏に浮かんだ。
直江自身、ここ20年以上自らを責め続けてきた。だが、確かにそれは誰も望んでいることではなかった。
橘家の人達を苦しめるだけの行為だったのかもしれない。
いや、町田と自分は違う。町田に非はないが、自分には………。
「でも、もし本当にあの人が御狸様に願って、そのせいで事故がおきたのだとしたら、それはあの人を止められなかった私のせいでもあります」
今度こそ私もくじけてしまいそう───。
それをとても哀しげな声で言って、はる香は黙ってしまった。
直江は昨夜の高耶を思い出した。
───何かを責めてる感じがした
町田は自分を責めていた。
高耶があそこまで沈んでいた理由がやっと今分かった気がした。
てっきり、周囲を恨む気持ちを同調させてしまったのだと思っていた。
もともと高耶は自分の家庭の不遇を好くは思っていなかったし、寝耳に水の事態に巻き込んだ自分達や、もしかしたら劣等感を感じて譲までにも恨みを重ねてみているのではないか、と思っていたのだった。
でも違っていた。
高耶は自分を責めていたのだ。
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思えば景虎もまた自責の念を抱え込みやすい人間だった。
(仰木高耶がそうであるということも、充分気付けたはずなのに)
いや、既に自分は知っていたはずだ。
───罪悪感とか感じねぇのかよ
加助たちのために単身乗り込もうとした高耶。
あの行動がどんな感情から来ていたか。自分は知っていたはずだ。
昨日の高耶の気持ちをちゃんと理解できていれば、もうちょっと気の聞いたことも言えただろうに。
仰木高耶をもっとよく知らなければ、と思った。
長秀はまるで自分が高耶をコントロールしているかのように言っていたが、実際は違う。
たまたま言った一言が、うまく彼を刺激しただけのことだ。
直江としてはまだ、高耶について理解できていない部分多すぎると思う。
もっと理解を深めたい。
(理解を深めたい?)
知って、それでどうするというのだ。
(彼を護るために役立てる)
本当にそうなのか。
記憶が戻らないように差し向けるつもりではないのか?
もしくは記憶が戻っても、以前とは違う関係を築けるように?
つまりは保身の為……。
「アネモネの花ことばってご存知?」
はる香の言葉で、ハッと現実に戻った。
「アネモネの一般的な花言葉は"儚い恋"だとか"薄れ行く希望"だそうなの」
薄れ行く希望。
その言葉は直江の心の奥を締めつけた。
長引く裁判。弱っていく身体。
罪悪感から自分を救う手段を見つけられずに、ただ苦しいだけの日々。
町田の心境に高耶と再会するまでの自分がシンクロしたように感じた。
「でもね」
息苦しさを感じて眉根を寄せる直江に、はる香は優しく言った。
「白いアネモネには"真実"とか"真心"といった良い意味もあるのよ」
はる香は先程とは打って変わって、穏やかに微笑んでいる。
けれど、直江は苦い気持ちを拭いきれなかった。
アネモネの英名は、"Windflower"。"アネモネ"という名前自体も「風」を語源に置いているはずだ。
"真実"を意味にもつその白い花が、時流に敗け、枯れた花びらをあっけなく風に散らせてしまう様子を想像して、直江はどうしようもないやりきれなさを感じた。
(仰木高耶がそうであるということも、充分気付けたはずなのに)
いや、既に自分は知っていたはずだ。
───罪悪感とか感じねぇのかよ
加助たちのために単身乗り込もうとした高耶。
あの行動がどんな感情から来ていたか。自分は知っていたはずだ。
昨日の高耶の気持ちをちゃんと理解できていれば、もうちょっと気の聞いたことも言えただろうに。
仰木高耶をもっとよく知らなければ、と思った。
長秀はまるで自分が高耶をコントロールしているかのように言っていたが、実際は違う。
たまたま言った一言が、うまく彼を刺激しただけのことだ。
直江としてはまだ、高耶について理解できていない部分多すぎると思う。
もっと理解を深めたい。
(理解を深めたい?)
知って、それでどうするというのだ。
(彼を護るために役立てる)
本当にそうなのか。
記憶が戻らないように差し向けるつもりではないのか?
もしくは記憶が戻っても、以前とは違う関係を築けるように?
つまりは保身の為……。
「アネモネの花ことばってご存知?」
はる香の言葉で、ハッと現実に戻った。
「アネモネの一般的な花言葉は"儚い恋"だとか"薄れ行く希望"だそうなの」
薄れ行く希望。
その言葉は直江の心の奥を締めつけた。
長引く裁判。弱っていく身体。
罪悪感から自分を救う手段を見つけられずに、ただ苦しいだけの日々。
町田の心境に高耶と再会するまでの自分がシンクロしたように感じた。
「でもね」
息苦しさを感じて眉根を寄せる直江に、はる香は優しく言った。
「白いアネモネには"真実"とか"真心"といった良い意味もあるのよ」
はる香は先程とは打って変わって、穏やかに微笑んでいる。
けれど、直江は苦い気持ちを拭いきれなかった。
アネモネの英名は、"Windflower"。"アネモネ"という名前自体も「風」を語源に置いているはずだ。
"真実"を意味にもつその白い花が、時流に敗け、枯れた花びらをあっけなく風に散らせてしまう様子を想像して、直江はどうしようもないやりきれなさを感じた。
高耶は教室の自分の席で黒板を見つめていた。
───その気になったらいつでも言ってください
油断すると反芻している。
昨日の直江の言葉。
必死で頭の中から追い出す。
あいつに頼ってはいけない。
何故かそう思う。
あの男に期待をしてはいけない。側に置いてはいけない。信用してはいけない。
警鐘をならす何者かが心に棲んでいるかのようだ。
反面、直江の保護者のような態度や優しさを切に望んでいる自分がいる。
身を任せてしまいたい自分と遠ざけたい自分。
高耶は痛む頭をなんとかしたくて、こめかみを指で押した。
昨日は殆ど眠れなかったのだ。
直江のことだけではなく。
"アイツ"のことも忘れられないでいた。
眠りにつくかつかないかの瞬間、あの感情に襲われる。
直江の言うとおり、アイツが自分に乗り移ってしまったかのようだった。
(苦しみを取り除くための《調伏》か……)
《調伏》で、あの息の苦しくなるような感情からアイツを救うことができるのだろうか。
あの苦しみを終わりにすることができるのだろうか。
自分ひとりでは無理かもしれない。
───彼らには真っ白な来世が待っているのだから
これ以上、被害が出る前に。アイツが罪を重ねる前に。
アイツを楽に……。
「高耶?」
「……ゆずる」
「どうしたの。昼飯、食わないの?」
気がつくと午前中の授業は終わっていた。
譲が惣菜パンを手にして目の前に座っている。
同じくやってきた千秋も、ビニール袋から牛丼を出してみせる。
「見ろよこれ。いま割引期間中なんだぜ。朝買って来ちまった。汁もネギもだっくだくの大盛」
「えー、冷めたらまずいって」
「ばっか、冷めてもウマいのが牛丼だろうが」
妙なこだわりを主張し合うふたりを黙って眺めていた高耶は意を決したように言った。
「なあ、千秋」
「あんだよ」
「授業終わったら、昨日んとこ連れてってくんねぇか?」
「……何でだ」
「《調伏》しにいく。アイツを」
突然の宣言に譲は目を丸くして高耶を見つめたが、千秋は察しがついていたのか片眉をあげただけだった。
「直江が情報掴んで来んのを待つか、晴家に霊査させて正体見極めたほうがいいと思うけどな」
「待ってられない。あんな苦しい想いしてんのに、これ以上放っては置けない」
「突っ走んじゃねーよ、ばぁか。大体おめーは《力》も満足に使えねえじゃねぇか。敵を理解せずに力で押し切ったってロクな結果にならないんだって。少しは冷静になって客観的に見てみろ。《調伏》せずにすむ話をかえってこじらす可能性だってある。後味悪い思いすんのは自分なんだからな」
少し強めの口調にも、高耶の眼に宿る意思は変わらない。
「ならいい。ひとりでいく」
道は大体覚えている。バイクで行けばすぐなはずだ。
千秋は高耶の顔をじっとみつめた。
「……そういうとこは変わんねーのな」
うんざりした顔をわざとらしく作ると、牛丼のふたを開けた。
「しょうがねえ、ついてってやるよ。気が済むまでやりゃあいいさ」
割り箸を持ちつつ、いただきますと言うと、牛丼をがっつき始めた。
「高耶、ほんとに大丈夫?直江さん、呼んだほうがいいんじゃない」
「必要ないって。お前ももうついてくんなよ」
「いかないけどさ」
譲は心配そうにしている。
その様子を横目で見ながら、千秋はあっという間に昼食をかきこんだ。
───その気になったらいつでも言ってください
油断すると反芻している。
昨日の直江の言葉。
必死で頭の中から追い出す。
あいつに頼ってはいけない。
何故かそう思う。
あの男に期待をしてはいけない。側に置いてはいけない。信用してはいけない。
警鐘をならす何者かが心に棲んでいるかのようだ。
反面、直江の保護者のような態度や優しさを切に望んでいる自分がいる。
身を任せてしまいたい自分と遠ざけたい自分。
高耶は痛む頭をなんとかしたくて、こめかみを指で押した。
昨日は殆ど眠れなかったのだ。
直江のことだけではなく。
"アイツ"のことも忘れられないでいた。
眠りにつくかつかないかの瞬間、あの感情に襲われる。
直江の言うとおり、アイツが自分に乗り移ってしまったかのようだった。
(苦しみを取り除くための《調伏》か……)
《調伏》で、あの息の苦しくなるような感情からアイツを救うことができるのだろうか。
あの苦しみを終わりにすることができるのだろうか。
自分ひとりでは無理かもしれない。
───彼らには真っ白な来世が待っているのだから
これ以上、被害が出る前に。アイツが罪を重ねる前に。
アイツを楽に……。
「高耶?」
「……ゆずる」
「どうしたの。昼飯、食わないの?」
気がつくと午前中の授業は終わっていた。
譲が惣菜パンを手にして目の前に座っている。
同じくやってきた千秋も、ビニール袋から牛丼を出してみせる。
「見ろよこれ。いま割引期間中なんだぜ。朝買って来ちまった。汁もネギもだっくだくの大盛」
「えー、冷めたらまずいって」
「ばっか、冷めてもウマいのが牛丼だろうが」
妙なこだわりを主張し合うふたりを黙って眺めていた高耶は意を決したように言った。
「なあ、千秋」
「あんだよ」
「授業終わったら、昨日んとこ連れてってくんねぇか?」
「……何でだ」
「《調伏》しにいく。アイツを」
突然の宣言に譲は目を丸くして高耶を見つめたが、千秋は察しがついていたのか片眉をあげただけだった。
「直江が情報掴んで来んのを待つか、晴家に霊査させて正体見極めたほうがいいと思うけどな」
「待ってられない。あんな苦しい想いしてんのに、これ以上放っては置けない」
「突っ走んじゃねーよ、ばぁか。大体おめーは《力》も満足に使えねえじゃねぇか。敵を理解せずに力で押し切ったってロクな結果にならないんだって。少しは冷静になって客観的に見てみろ。《調伏》せずにすむ話をかえってこじらす可能性だってある。後味悪い思いすんのは自分なんだからな」
少し強めの口調にも、高耶の眼に宿る意思は変わらない。
「ならいい。ひとりでいく」
道は大体覚えている。バイクで行けばすぐなはずだ。
千秋は高耶の顔をじっとみつめた。
「……そういうとこは変わんねーのな」
うんざりした顔をわざとらしく作ると、牛丼のふたを開けた。
「しょうがねえ、ついてってやるよ。気が済むまでやりゃあいいさ」
割り箸を持ちつつ、いただきますと言うと、牛丼をがっつき始めた。
「高耶、ほんとに大丈夫?直江さん、呼んだほうがいいんじゃない」
「必要ないって。お前ももうついてくんなよ」
「いかないけどさ」
譲は心配そうにしている。
その様子を横目で見ながら、千秋はあっという間に昼食をかきこんだ。
「あ、直江?」
午後の授業が始まる前、千秋は校内に置かれている公衆電話の前にいた。
「んで、何か分かったか?」
一応、新しい情報があったら聞いておこうと思ったのだ。
直江はちょうど、町田宅を出たところだった。
はる香と話した内容を、ひと通り聞いた。
「願いを叶えるタヌキ、ねえ……」
千秋は訝しげに言って、公衆電話をコツコツと指で叩いた。
「景虎の奴は複合霊って言ってたな」
『複合霊というより集合体なのかもしれない。これだけ私的な問題で外部からの介在(施術、修法など)があったとは考えにくいからな』
通常、複合霊は意図的に作られるものだ。自然発生は殆どない。
『景虎様の話だと20体はいるらしい。町田氏本人に意図がなくても強い負の思念に引かれて霊魂を引き寄せてしまったのかもしれない』
「だっからあんなにデブってた訳か」
高耶があれほど影響されたのだ。念の強さは怨霊並みといえる。雑兵も何十体と集まればそれくらいの力を持てるだろう。
「自分を責めてた、ねぇ」
一番に取り込まれちまいそうなのはお前だったんだな、と言おうかと思ったがやめた。
「目的が復讐じゃあ、迷惑なのに変わりねぇがな。どうすりゃいいかねぇ」
『《調伏》しかないだろう』
邪気を纏った霊が何もせずとも浄化することはまずありえない。
あの霊体は傷が回復次第すぐに人に危害を加え始めるだろう。
負の感情を抱えてこの世に残った霊魂が行き着く先をふたりは数限りなく見てきた。
「ま、いーわ。授業が終わったら、もっかい行って来っから」
『いや、ひとりだと危険だ。明日、俺もそっちに戻るからその時に』
「それが大将が張り切っちゃってさ。行くって言ってきかないんだわ」
『何?』
「《力》も使えねーでどうするつもりなんだか。ま、お手並み拝見だな。オレも愛車(ハニー)の仇とってやりてーし。おかげさまでありゃあ当分くせぇままだぜ」
車のシートに染み込んだ粘液は、それ自体はきれいに掃除できたものの、臭いだけはとれなかった。
千秋は思い出すだけで腹が立つといった感じだ。
『馬鹿、お前までその気になってどうする。彼を止めろ』
「俺が言ったって聞くやつじゃねぇよ。大体たきつけたのはお前だろ。どうしても嫌ならお前が止めに来い」
直江の反論がすぐに返ってきたが、聞かずにそのまま電話を切った。
手をあごに当てて考える。
(御狸、ねぇ)
普通に考えて、20体以上の霊を二人で相手にするのはかなり危険な事だ。
だが別に千秋はあの霊を甘く見ているつもりは無い。
本来の景虎ならば20体くらいひとりでも平気だろう。
千秋は、高耶の昨日別れた時と先程の眼の輝きの違いを見てしまって、確かめずにはいられなくなってしまったのだ。
あの景虎が、一体どんな手段に出てくるか。
(見せてみろよ)
鼻で笑ってから、くるりと後ろを向いた。
すると、1年の女子が数人遠巻きにこちらを見て、何やらヒソヒソとやっている。
高耶が2年のちょっと怖い先輩ならば、千秋はクールでデキる先輩、だ。
千秋は愛想良く彼女達に手を振ると、上がる歓声を背中に浴びながら教室へ戻った。
午後の授業が始まる前、千秋は校内に置かれている公衆電話の前にいた。
「んで、何か分かったか?」
一応、新しい情報があったら聞いておこうと思ったのだ。
直江はちょうど、町田宅を出たところだった。
はる香と話した内容を、ひと通り聞いた。
「願いを叶えるタヌキ、ねえ……」
千秋は訝しげに言って、公衆電話をコツコツと指で叩いた。
「景虎の奴は複合霊って言ってたな」
『複合霊というより集合体なのかもしれない。これだけ私的な問題で外部からの介在(施術、修法など)があったとは考えにくいからな』
通常、複合霊は意図的に作られるものだ。自然発生は殆どない。
『景虎様の話だと20体はいるらしい。町田氏本人に意図がなくても強い負の思念に引かれて霊魂を引き寄せてしまったのかもしれない』
「だっからあんなにデブってた訳か」
高耶があれほど影響されたのだ。念の強さは怨霊並みといえる。雑兵も何十体と集まればそれくらいの力を持てるだろう。
「自分を責めてた、ねぇ」
一番に取り込まれちまいそうなのはお前だったんだな、と言おうかと思ったがやめた。
「目的が復讐じゃあ、迷惑なのに変わりねぇがな。どうすりゃいいかねぇ」
『《調伏》しかないだろう』
邪気を纏った霊が何もせずとも浄化することはまずありえない。
あの霊体は傷が回復次第すぐに人に危害を加え始めるだろう。
負の感情を抱えてこの世に残った霊魂が行き着く先をふたりは数限りなく見てきた。
「ま、いーわ。授業が終わったら、もっかい行って来っから」
『いや、ひとりだと危険だ。明日、俺もそっちに戻るからその時に』
「それが大将が張り切っちゃってさ。行くって言ってきかないんだわ」
『何?』
「《力》も使えねーでどうするつもりなんだか。ま、お手並み拝見だな。オレも愛車(ハニー)の仇とってやりてーし。おかげさまでありゃあ当分くせぇままだぜ」
車のシートに染み込んだ粘液は、それ自体はきれいに掃除できたものの、臭いだけはとれなかった。
千秋は思い出すだけで腹が立つといった感じだ。
『馬鹿、お前までその気になってどうする。彼を止めろ』
「俺が言ったって聞くやつじゃねぇよ。大体たきつけたのはお前だろ。どうしても嫌ならお前が止めに来い」
直江の反論がすぐに返ってきたが、聞かずにそのまま電話を切った。
手をあごに当てて考える。
(御狸、ねぇ)
普通に考えて、20体以上の霊を二人で相手にするのはかなり危険な事だ。
だが別に千秋はあの霊を甘く見ているつもりは無い。
本来の景虎ならば20体くらいひとりでも平気だろう。
千秋は、高耶の昨日別れた時と先程の眼の輝きの違いを見てしまって、確かめずにはいられなくなってしまったのだ。
あの景虎が、一体どんな手段に出てくるか。
(見せてみろよ)
鼻で笑ってから、くるりと後ろを向いた。
すると、1年の女子が数人遠巻きにこちらを見て、何やらヒソヒソとやっている。
高耶が2年のちょっと怖い先輩ならば、千秋はクールでデキる先輩、だ。
千秋は愛想良く彼女達に手を振ると、上がる歓声を背中に浴びながら教室へ戻った。
かいこん ほこら
悔恨の小祠