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かいこん ほこら
悔恨の小祠
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「高耶、大丈夫!?」
 敵が去ったのを確かめて、譲は慌てて駆け寄ってきた。
 直江は逆に問いかける。
「譲さんこそ大丈夫ですか?」
 もし液体が毒性のものだとしたら、すぐに洗い流さないと危険だ。
「大丈夫、ちょっとくさいけど」
 確かに獣のような据えた臭いがする。
 いたずらのばれた子供の様に笑うとすぐに心配顔に戻った。
「それより高耶、大丈夫?」
「……ああ」
 さすがに直江の腕からは離れているものの、まだ立ち上がることができずにいた。
 頭の内側から金槌で殴られているようだ。
 流れ込んできた感情が、体の中でこだましている。
「ったく、あてられやがって。精神(こころ)が弱ぇからだよ」
 譲と同じく全身を汚して千秋もこちらへやってきた。
 確かに譲も同じ目にあったはずなのに、全然平気そうだ。
「……うるせえ」
 言い返す声にも力が込められない。
 千秋はそんな高耶を一瞥して眼鏡を拭きだした。
「何なんだよ、あれ」
「詳しいことはわからないが、例の男女が目撃したものに間違いないな」
 ”雪男”と表現された姿形も、透明の粘液も、あの獣のようなものの仕業だろう。
 予想よりも随分と大きかったが。
「ひとつ、じゃなかったよ」
 その存在にいち早く気づいた譲は言った。
「ひとつじゃない?」
「うん、いろんなものがたくさん集まってる感じだった」
 譲は思い返すように宙をみている。
「………確かに」
 かすれた声で、高耶も相槌を打った。
「アレは一体じゃない。たぶんいろんな霊が混じって出来てた」
 頭の痛みを押さえ込んで、直江に手伝われながら立ち上がる。
「ただ、ひでえ暗いことばっか考えてる。このままじゃ手当たり次第に引き込み始めるかもしれない」
 それを聞いて何かを考えていたような直江はしばらくして口を開いた。
「とりあえず、長秀が与えたダメージの回復にもう2、3日はかかるでしょう。私はその間、情報を集めてみます。今日のところはこれで引き上げましょう」
「どっちにしろクッサくって、とてもじゃねえけど仕事する気がしねえしな」
千秋は身体に張り付いた服を引っ張っている。
 一同はそのまま引き上げることにした。
「これ何なんだろう?」
 車を停めた場所へと歩き出しながら、譲は自分の体についた粘液を地面に垂らしてみせた。
「口から吐いてたんだから鼻水っつーよりは痰じゃねえ?」
「げっ、きったね!」
「くそー、どうやってレパード(あいぼう)を汚さずに帰るかなー」
 たぶんどうやっても無理だろう。
 いつもだったらここぞとばかりに囃したてるであろう高耶は先程から黙ったままだ。
「高耶、ほんとに大丈夫?」
 譲が顔を覗き込む。
「ああ」
 答えたものの、高耶は覗き込んでくる譲のまっすぐな視線が痛かった。
 どうやら怨念に当てられただけではなさそうだ、と察した直江が千秋に目配せをしたのを譲も高耶も気付いていない。
 駐車した場所へ戻ると示し合わせたように千秋が言った。
「じゃ、俺は成田を送ってくから」
「え、俺だけ?高耶は?」
「成田んちは途中だからいーけど、景虎(おうぎ)んとこは遠回りなんだよ」
「だけど……」
「いーからいーから、ガキのことは保護者に任せとけばいーの」
 躊躇する譲の肩を押して、千秋はレパードの方へ去っていった。
 二人がいなくなると、高耶の顔つきはますます暗くなる。
「私たちも帰りましょう」
 高耶は直江を少しだけ見ると、返事もせずに車に乗り込んだ。
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