かいこん ほこら
悔恨の小祠
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車へ乗り込む直前になって、高耶が面倒なことを言いだした。
「俺もラジオはもう飽きた。なんか曲聴こうぜ」
「曲、ですか。CDが何枚かトランクにあったとは思いますけど、あなたにとっては少し退屈なものかもしれませんね」
「……あっそ。そりゃあ俺みたいなのに、あんたの高尚な趣味はわかんねーかもな」
直江は苦笑いを浮かべた。
「見てみますか」
トランクを開けた直江は紺色のケースを出してみせる。その中に入れられたディスクは、"何枚か"という量は軽く超えていて、全てがクラッシックかジャズ系の物のようだ。橘家の長兄が集めたものだという。
「知ってる名前がいっこもねー」
「これなら知ってるんじゃないですか?」
「もざーと?もざると!」
「……モーツァルトですね」
直江のつっこみを意に介さないように高耶はCDを漁り始めた。
すぐにトランクの隅に同じケースがもうひとつあるのに気付く。
「こっちは?」
「ああ、それは」
開けてみるとそっちにもかなりの枚数のディスクが入っていた。ジャケットには横笛の絵が描かれている。
「───笛?」
「……ええ」
龍笛や能管などといった馴染みのない文字が見て取れた。
「ずいぶんシブいのが好みなんだな」
「私の好みというより、景虎様(あなた)のですよ」
「オレ?」
直江が言うには、景虎は笛を得意としていたそうだ。
人前で披露するようなことはあまりしなかったが、何度換生を繰り返してもその腕前は変わらなかったらしい。
「その音色を懐かしむ意味もあったんですが、もしかしたら換生したあなたが今生でもなにか笛にかかわるようなことがあったかもしれないというのもあって、一時期かなり傾倒したんです」
直江は微笑を浮かべた。
無意識なのか左手の腕時計の上から手首を掴んでいる。
その意味を、高耶はまだ知らない。
「あなたにとっては面白味のあるものではないでしょうけど、よかったら聴いて見ますか」
「……ああ」
直江はケースの中からディスクを一枚を手に取ると、トランクを閉めた。
「俺もラジオはもう飽きた。なんか曲聴こうぜ」
「曲、ですか。CDが何枚かトランクにあったとは思いますけど、あなたにとっては少し退屈なものかもしれませんね」
「……あっそ。そりゃあ俺みたいなのに、あんたの高尚な趣味はわかんねーかもな」
直江は苦笑いを浮かべた。
「見てみますか」
トランクを開けた直江は紺色のケースを出してみせる。その中に入れられたディスクは、"何枚か"という量は軽く超えていて、全てがクラッシックかジャズ系の物のようだ。橘家の長兄が集めたものだという。
「知ってる名前がいっこもねー」
「これなら知ってるんじゃないですか?」
「もざーと?もざると!」
「……モーツァルトですね」
直江のつっこみを意に介さないように高耶はCDを漁り始めた。
すぐにトランクの隅に同じケースがもうひとつあるのに気付く。
「こっちは?」
「ああ、それは」
開けてみるとそっちにもかなりの枚数のディスクが入っていた。ジャケットには横笛の絵が描かれている。
「───笛?」
「……ええ」
龍笛や能管などといった馴染みのない文字が見て取れた。
「ずいぶんシブいのが好みなんだな」
「私の好みというより、景虎様(あなた)のですよ」
「オレ?」
直江が言うには、景虎は笛を得意としていたそうだ。
人前で披露するようなことはあまりしなかったが、何度換生を繰り返してもその腕前は変わらなかったらしい。
「その音色を懐かしむ意味もあったんですが、もしかしたら換生したあなたが今生でもなにか笛にかかわるようなことがあったかもしれないというのもあって、一時期かなり傾倒したんです」
直江は微笑を浮かべた。
無意識なのか左手の腕時計の上から手首を掴んでいる。
その意味を、高耶はまだ知らない。
「あなたにとっては面白味のあるものではないでしょうけど、よかったら聴いて見ますか」
「……ああ」
直江はケースの中からディスクを一枚を手に取ると、トランクを閉めた。
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車内にながれる日本古来からの伝統的な曲調は、確かに心が弾むという類のものではなかったけれど、直江が聴き入っているのがわかったから何も言わなかった。
景虎の捜索にあたって、こんな些細な手がかりを頼っていただなんて高耶は知らなかった。
本当に雲を掴むような話だったというのがよくわかる。
曲の途中で直江はそっと言った。
「あなたの音色にはかないませんね」
高耶はその言葉にどう答えればいいのかわからなかったが、横笛の音を聴いていて思い出したことがあった。
「そういえば俺、リコーダーだけは得意だったな」
小学生の頃、音楽の教師にほめられた記憶がある。
いつもだったら"だからといって自分は景虎ではない"と続けるところだがやめておいた。高耶なりに気を使ってみたのだが。
「技能教科は得意なんですねぇ」
「……何がいーたいんだよ」
こっちの気も知らないでいつもの皮肉を言う直江はいつもの直江だ。
音楽だってけっこう頭を使うんだぞ、と言い返そうとすると、ふと直江の表情が変わった。
「渋滞ですね」
見ると前方にブレーキランプの長い列ができている。
車は静かに止まった。
「こんなとこで?」
「めずらしいですね」
松本インターまですぐのところだ。
ハザードを点灯させた直江はCDからラジオに切り替えた。
50メートル程前方に発炎筒の煙が上がっている。
アナウンサーの声は事故情報を伝えてこない。まだ発生してから時間が経っていないせいだろう。
「つーか、こんなとこで事故るか、ふつー」
車の流れは比較的速く、すぐに現場が見えてきた。
どうやら乗用車の単独事故のようだ。
壁に衝突して前方が無残にひしゃげた車体も見えた。
本当に事故直後のなのか高速隊も到着していないようで、ぽつんと置かれた反射板の手前で車が一列に合流していく。
これが渋滞の原因だったようだ。
「直江……あのふたり……!」
高耶の指差す方向を見てみると、事故車両の脇に座り込んでいるカップルはついさっき見たばかりの顔だった。
景虎の捜索にあたって、こんな些細な手がかりを頼っていただなんて高耶は知らなかった。
本当に雲を掴むような話だったというのがよくわかる。
曲の途中で直江はそっと言った。
「あなたの音色にはかないませんね」
高耶はその言葉にどう答えればいいのかわからなかったが、横笛の音を聴いていて思い出したことがあった。
「そういえば俺、リコーダーだけは得意だったな」
小学生の頃、音楽の教師にほめられた記憶がある。
いつもだったら"だからといって自分は景虎ではない"と続けるところだがやめておいた。高耶なりに気を使ってみたのだが。
「技能教科は得意なんですねぇ」
「……何がいーたいんだよ」
こっちの気も知らないでいつもの皮肉を言う直江はいつもの直江だ。
音楽だってけっこう頭を使うんだぞ、と言い返そうとすると、ふと直江の表情が変わった。
「渋滞ですね」
見ると前方にブレーキランプの長い列ができている。
車は静かに止まった。
「こんなとこで?」
「めずらしいですね」
松本インターまですぐのところだ。
ハザードを点灯させた直江はCDからラジオに切り替えた。
50メートル程前方に発炎筒の煙が上がっている。
アナウンサーの声は事故情報を伝えてこない。まだ発生してから時間が経っていないせいだろう。
「つーか、こんなとこで事故るか、ふつー」
車の流れは比較的速く、すぐに現場が見えてきた。
どうやら乗用車の単独事故のようだ。
壁に衝突して前方が無残にひしゃげた車体も見えた。
本当に事故直後のなのか高速隊も到着していないようで、ぽつんと置かれた反射板の手前で車が一列に合流していく。
これが渋滞の原因だったようだ。
「直江……あのふたり……!」
高耶の指差す方向を見てみると、事故車両の脇に座り込んでいるカップルはついさっき見たばかりの顔だった。
道男と留美子だ。
直江は驚いて目を丸くする。
彼らの傍に車を横付けすると、降りて声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「た、たちばなさん……」
ふたりのそばに腰をおろして怪我の有無を聞くと、かすり傷程度だと返事が返ってきた。
留美子の額が少し切れていたが、確かにそれ以外に目立った外傷はないようだ。
「何でこんなことになったんだ」
「それが……急にアイツが飛び出してきて……」
「?こんなとこに動物でもいたのか」
「とりあえず、少し車から離れましょう」
何かの拍子で車が炎上しないとも限らない。車両から離れるのは事故後の鉄則だ。
道男の手を借りて立ち上がる留美子に、高耶は声をかけた。
「あんた、ほんとに大丈夫か」
額から流れる血の跡が痛々しい留美子はすっかり放心しきっていて、目の焦点があっていない。
その目が高耶を見た。
「……が」
「え?」
「浩二が……浩二が会いにきたの」
声が震えている。動揺した様子で道男の手を押しのけると、留美子は高耶にしがみついてきた。
「彼、何か言いながら……こっちに向かって、私に向かって手を……手を……ッ!」
「ル、ルミちゃん……」
道男もどうしていいのかわからないのか、すがる彼女を引き戻そうとする。
が、留美子の勢いは止まらない。
「間違いないのッ、身体が透きとおってて、声が出せないみたいで……」
高耶は思わず直江を仰ぎ見た。
直江は難しい顔で考え込んでいる。
もしかすると……。
浩二の霊は浄化した訳ではなく、力を蓄え怨霊化してしまったということだろうか。
何かを求めて、彷徨い始めたということだろうか。
「それは間違いなく、浩二さんでしたか?」
「間違いないですッ!間違えようがないんです……!」
「………」
恐れていた事態が起きたようだった。
無害だった浩二の霊魂は、想いを増幅させ、人的被害を出す霊になってしまったらしい。
事故を引き起こしたということは、留美子を向こうへ連れて行きたいのだろうか。
もしくはただ単に、事故を起こすことで、死者(なかま)を増やしたいのだろうか。
「彼、すごくつらそうな顔を……」
そういいながら留美子はまたしても顔を覆って泣き出してしまう。
何とか促して、車から少し離れた場所へ移動すると、やっと高速隊と救急車が到着した。
直江は驚いて目を丸くする。
彼らの傍に車を横付けすると、降りて声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「た、たちばなさん……」
ふたりのそばに腰をおろして怪我の有無を聞くと、かすり傷程度だと返事が返ってきた。
留美子の額が少し切れていたが、確かにそれ以外に目立った外傷はないようだ。
「何でこんなことになったんだ」
「それが……急にアイツが飛び出してきて……」
「?こんなとこに動物でもいたのか」
「とりあえず、少し車から離れましょう」
何かの拍子で車が炎上しないとも限らない。車両から離れるのは事故後の鉄則だ。
道男の手を借りて立ち上がる留美子に、高耶は声をかけた。
「あんた、ほんとに大丈夫か」
額から流れる血の跡が痛々しい留美子はすっかり放心しきっていて、目の焦点があっていない。
その目が高耶を見た。
「……が」
「え?」
「浩二が……浩二が会いにきたの」
声が震えている。動揺した様子で道男の手を押しのけると、留美子は高耶にしがみついてきた。
「彼、何か言いながら……こっちに向かって、私に向かって手を……手を……ッ!」
「ル、ルミちゃん……」
道男もどうしていいのかわからないのか、すがる彼女を引き戻そうとする。
が、留美子の勢いは止まらない。
「間違いないのッ、身体が透きとおってて、声が出せないみたいで……」
高耶は思わず直江を仰ぎ見た。
直江は難しい顔で考え込んでいる。
もしかすると……。
浩二の霊は浄化した訳ではなく、力を蓄え怨霊化してしまったということだろうか。
何かを求めて、彷徨い始めたということだろうか。
「それは間違いなく、浩二さんでしたか?」
「間違いないですッ!間違えようがないんです……!」
「………」
恐れていた事態が起きたようだった。
無害だった浩二の霊魂は、想いを増幅させ、人的被害を出す霊になってしまったらしい。
事故を引き起こしたということは、留美子を向こうへ連れて行きたいのだろうか。
もしくはただ単に、事故を起こすことで、死者(なかま)を増やしたいのだろうか。
「彼、すごくつらそうな顔を……」
そういいながら留美子はまたしても顔を覆って泣き出してしまう。
何とか促して、車から少し離れた場所へ移動すると、やっと高速隊と救急車が到着した。
道男は、頭を打った可能性のある留美子を先に病院へ送り出し、現場検証を済ませてから病院へ向かうと言う。
最後まで付き合うと申し出た二人に、そこまではさせられないと道男は辞退した。
「本当にありがとうございました」
「あんたも見たのか」
「え?」
道男は高耶を見た。
「あんたも浩二って人をみたのか」
ちょっと戸惑った後で、道男は小さく頷いた。
「信じてもらえるかわかりませんけど……」
自分でも半信半疑といった感じで言う。
「ただ僕がみたのは浩二だけじゃありませんでした」
「だけじゃない?」
「大きな……二足歩行の動物で……強いて言うなら、雪男みたいなものが……」
慎重に言葉を選びながら道男はそう言った。
「雪男……?」
「イエティっていうのかな……」
つまりはヒグマのようなものだろうか。
「そいつが、浩二を口から吐き出した後で、もう一度飲み込んだんです」
「!?」
「突然視界に現れたから、僕はそいつを避けるだけで精一杯で……。そいつはあそこから下に飛び降りました」
指を指した方向には防音壁がそびえたっていた。
もっと詳しく状況を聞きたかったが、事情聴取が始まってしまったので結局現場を離れることにした。
「厄介なことになりましたね」
「………」
とりあえず帰ろうと、車へ乗り込もうとした高耶の眼に、事故のブレーキ後が映った。
「高耶さん?」
側へ行ってみると、そこだけ地面が濡れている。
「……?何だこれ?」
「オイルか何かが漏れたあとでしょうか」
直江はわずかでも残留思念を感じ取ろうと感覚を研ぎ澄ませたが、拾い切ることはできなかった。
「随分と粘着質な液体ですね」
ハンカチでふき取ってみると、その液体は透明な糸をひいて地面に垂れる。
君たち駄目だよー、と声を掛けてくる警官に謝ってその場を離れた。
「本当に浩二さんの霊かどうか、調査しないといけませんね」
これは彼を放置していた自分達の責任でもある。
「浩二ってやつじゃないとしても、事故を起こすような霊を放っておけないんだろ、あんたたちは」
「今日はこちらに一泊して、明日の朝"雪男"が降りたというあたりを調べてみます」
「あ、じゃあ俺も行くから午後にしろよ」
「いえ。いいですよ、ひとりで」
それでも高耶は頑なに行くと言い張った。しまいには学校をサボってでも行くと言い出す始末だ。
しょうがなく直江は折れて、明日の放課後、学校まで高耶を迎えに行くことになった。
最後まで付き合うと申し出た二人に、そこまではさせられないと道男は辞退した。
「本当にありがとうございました」
「あんたも見たのか」
「え?」
道男は高耶を見た。
「あんたも浩二って人をみたのか」
ちょっと戸惑った後で、道男は小さく頷いた。
「信じてもらえるかわかりませんけど……」
自分でも半信半疑といった感じで言う。
「ただ僕がみたのは浩二だけじゃありませんでした」
「だけじゃない?」
「大きな……二足歩行の動物で……強いて言うなら、雪男みたいなものが……」
慎重に言葉を選びながら道男はそう言った。
「雪男……?」
「イエティっていうのかな……」
つまりはヒグマのようなものだろうか。
「そいつが、浩二を口から吐き出した後で、もう一度飲み込んだんです」
「!?」
「突然視界に現れたから、僕はそいつを避けるだけで精一杯で……。そいつはあそこから下に飛び降りました」
指を指した方向には防音壁がそびえたっていた。
もっと詳しく状況を聞きたかったが、事情聴取が始まってしまったので結局現場を離れることにした。
「厄介なことになりましたね」
「………」
とりあえず帰ろうと、車へ乗り込もうとした高耶の眼に、事故のブレーキ後が映った。
「高耶さん?」
側へ行ってみると、そこだけ地面が濡れている。
「……?何だこれ?」
「オイルか何かが漏れたあとでしょうか」
直江はわずかでも残留思念を感じ取ろうと感覚を研ぎ澄ませたが、拾い切ることはできなかった。
「随分と粘着質な液体ですね」
ハンカチでふき取ってみると、その液体は透明な糸をひいて地面に垂れる。
君たち駄目だよー、と声を掛けてくる警官に謝ってその場を離れた。
「本当に浩二さんの霊かどうか、調査しないといけませんね」
これは彼を放置していた自分達の責任でもある。
「浩二ってやつじゃないとしても、事故を起こすような霊を放っておけないんだろ、あんたたちは」
「今日はこちらに一泊して、明日の朝"雪男"が降りたというあたりを調べてみます」
「あ、じゃあ俺も行くから午後にしろよ」
「いえ。いいですよ、ひとりで」
それでも高耶は頑なに行くと言い張った。しまいには学校をサボってでも行くと言い出す始末だ。
しょうがなく直江は折れて、明日の放課後、学校まで高耶を迎えに行くことになった。
かいこん ほこら
悔恨の小祠