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かいこん ほこら
悔恨の小祠
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 連日、快晴続きだ。
 どうやら梅雨は明けたらしい。
 放課後、例の崩れかけた祠の前にふたりの姿はあった。
「で、どーする」
 高耶は千秋の顔を窺った。
「どーする、じゃねぇよ。お前が来るって言ったんだろうが。なんか考えがあんじゃねぇのかよ」
「いや、特に」
 はぁ、と千秋は大げさにため息をついた。
(結局変わんねーのか)
 そういう千秋にも大した考えは無い。
「まあ、《調伏》するっきゃないでしょ」
 直江であれば、用心して相手の動きを封じるような罠を張ったり、霊たちを個々にバラすような仕掛けを施したりするのかもしれないが、千秋はそういうまどろっこしいものは正直面倒臭い。
「とりあえず、外に出して様子みてみるか」
 祠の中には、じっと息を潜めている怪しい気配があった。
 昨日は感じられなかったが、今日はわかる。
 手負いの獣のように、今にも飛び出してきそうな殺気が溢れている。
「最初は《外縛》が効かねぇと思う。ダメージ与えて弱ったところで《外縛》して《調伏》する」
「わかった」
 高耶の顔は相変わらず暗い。
 ここまで来る車中で、はる香の話を聞かされたばかりだ。
 彼らを開放したい、という気持ちはますます強くなっている。
「お前はその扉を開けたら俺が声かけるまで、後ろに下がってろ。いいか、勝手に動くんじゃねーぞ」
 高耶は素直に頷いた。
 千秋は数歩下がると手を前に構えて、《力》を溜め始めた。
「いつでもどーぞ」
「じゃあ、開けるぞ」
 高耶は大きく息をすって、取っ手に手をかける。
 素早く、扉を開けた。
 とたんに、大きな影が飛び出す……!

 グウゥゥゥゥ───

 うなり声のようなものを上げ、みるみる実体化したそれは、改めてみると確かに巨大なタヌキの化け物だ。 わき腹のあたりだけが実体化出来ずに黒いモヤのようになっている。
 その傷跡の恨みとばかりに御狸は千秋に襲い掛かった。
「く……っ……!」
 護身波を張って振り下ろされる腕から身を守る。
 が、踏ん張りきれずに後ろに転がった。
「千秋っ!」
 なおも追撃してくる御狸に、千秋は念を放った。
 ギャッと声を上げて数歩後ろに下がったものの、ダメージは軽い。
 その隙に体勢を立て直して反撃にそなえたが、突如、思わぬ方向に新たな《力》の気配を感じて、ぎょっと振り返った。
 高耶が両手に使えないはずの《力》を溜め込み始めている。
 みるみる溜まるそのチカラの大きさに千秋は思わず息を呑んだ。
「待てっ!かげと───a─」
「どいてろっ!!千秋っ!!」
 止める間もなく、高耶は念を放ってしまった。
 手から離れた密度の高いエネルギーは一瞬のうちに尾をひいて御狸にぶつかり、破裂した。

 グギャアアアアッッッ!!!

 周りの木々ごと巨体が後ろに吹っ飛ぶ。
炸裂した際の突風が木々の破片やら砂利を巻き込み、次々に千秋や高耶まで襲った。
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「くっ……」
 腕を顔の前にかざして飛び交う砂利から身を守り、慌てて御狸を確認する。
 敵は既に立ち上がれる状態ではなかった。左半身がほぼ全てモヤのような状態に戻っている。
 苦しげに息をしながらそれでもなお、必死に起き上がろうとしていた。
 千秋は思わずぞっとした。
 それだけの念を放った高耶は息を乱すこともなく、《力》を使えたことが嬉しかったのか高揚感さえ窺える表情をしている。
 何気なく放った一発がコレか。《力》だけでいえば以前の景虎より更に上を行っているような気がする。
 いや、景虎であればきちんとパワーを抑えるような戦い方をしていたから、ちゃんと《力》がコントロールできていないということかもしれない。
(成田譲も化け物だが……)
 景虎も充分化け物だ。
 異物でも見るように高耶を見つめていた千秋は、その高耶の表情に疑問の色が走ったのを見た。
「!?」
 御狸に目をやると、下顎がカクンとはずれて不自然にだらりとしている。
 口内に透明のものがみるみるうちに溢れ出すのが見えた。
「来るぞっ!!」
 例の粘液だ。
 霊はグボグボッと奇怪な音をだしながら、高耶に向かってそれを吐き出した。
「っつ……!」
 転がって避けた高耶のすぐ横に、べしゃっと落ちた。
「まだ来るぞっ!」
 油断するな、と声をかける。
 浴びてどうなるものでもないが、帰りの車内のことを考えると出来る限り避けて欲しい。
 御狸の粘液の滴る口には、再び透明なものが溜まっている。

 ゴボボボオオオォォッ

 ふたつめが、今度は千秋に向かって飛んでくる。
 すかざず千秋はぱっと横に跳んだ。
「同じ手は食わねーっつーの!!」
 ズササァーっと着地した千秋は片膝をつきながら叫ぶと、憎きその塊を睨み付けた。
 相変わらず鼻を突くような臭いがする。塊をよくよくみると、妙な凹凸がある。
 目を凝らしてみて、息を呑んだ。
「げえっ……!」
「ちっ、ちあきっ!これって……!!」
 高耶も自分へ向かって落ちたものを見て、頬を引き攣らせている。
 なんと塊には顔があったのだ。
 というより、粘液が人の顔や身体を形取ろうと伸縮している。
「なんだ……これ……ッ!」
 粘液に霊魂が憑着しているのだ。
 土人形の兵隊ならぬ、粘液人形の兵隊のつもりか。
 死体や人形を憑巫にする霊は見たことがあったが、こんな無形のものを選ぶとは。
 お陰で、完全な人型にもなれずに、出来損ないのままうごめいている。

───ヴヴウォォォォゥゥ……

 恐ろしげな苦悶の声が透明な粘土人形から漏れる。
 御狸は霊魂を捕らえ、粘液に閉じ込めることによって操ることができるのだろう。
 あの大きな腹の中で、たっぷりの粘液に浸った霊魂がギュウギュウ詰めになっている様子を想像して、千秋は胃がムカついてきた。
 思わず眉間に皺を寄せて出来損ないの人形をみつめていると、溶けたような顔の両目らしき部分から、粘液が筋になってつたっている。
 涙のようにみえた。
「ひでえ……」
 意識があるのかもわからない。
 まわりがどんな風にみえているのか。もしかしたら見えてすらいないかもしれないが、人ではないものになってしまったことを嘆いているようだった。
 霊査するように探ってみると、彼らの声が千秋にも聞こえた。

───タスケテクレ……!
───ドウシタライインダ……!

 思わず耳をふさぎたくなるような苦しげな叫び。
 ズキズキと体の中心が傷んでたまらない気持ちになる。
「千秋っ!!なんとかしてやってくれっ!!」
 高耶が頭を抑えながら叫んでいた。
「早く……っ!」
 粘液の霊たちはそれでも攻撃をするつもりなのか、ずるずると未完成の身体を引き摺って千秋の方へ向かって来る。
 肝心の御狸は口を大きく開けたまま、立ち上がれずにぐったりとしている。
 心なしか身体の大きさがひとまわり小さくなっているように見えた。
「本体が動いたら抑えてくれ!できるか?!」
「やってみる……!」
 先ほどの攻撃で自信をつけたのか、力強くうなずいた高耶に御狸を任せて、千秋は吐き出された霊魂に向き直ると印を結んだ。
 それが霊魂である以上、《調伏》するしかない。
「阿梨 那梨 ト那梨 阿那盧 那履 拘那履!!」
 印を結びながら真言を唱えて、最期を通告する。
───バイッ!!」
 うねうねと動いていたモノがぴたりと動きをとめた、と思った瞬間、異次元へ入り込んだかのように掻き消え、後にはヌメっとした液体のみが残った。
「バイッ!!」
 続けて高耶に向けて放たれた霊魂も、《調伏》する。
 けれど、それをみた御狸は苦しげに身体を歪ませながら、立て続けに霊魂を吐き出し始めた。
「千秋っ!」
「わかってるよっ!!───バイッ!!」
 《調伏》しても、すぐにまた霊魂が吐き出される。
「バイッ!!」
 それの繰り返しとなった。
 下手に念を放てば腹の中の無防備な霊魂を傷つけるということが解った高耶も手出しが出来ない。
 御狸本体が隙を見て動き出そうとする度に、ぎこちない《外縛》で押さえ込む。
 千秋の持久力と御狸の中の霊魂量の争いになった。
 だが、吐き出す度に御狸の体積が明らかに小さくなっていっている。
 十数体は《調伏》しただろうか。
「ラストにしよーぜ……」
 そろそろ集中力も切れてきた千秋は息を切らしながら言った。
 御狸はすっかり小さくなっている。
 それでもまだ、吐き出すモノが残っていたようだ。

 ゴポボボオオォォッッ

 吐き出された塊は千秋に向かって飛んだ後、失速して地面に落ち、またしても伸縮を始める。
 千秋が《調伏》しようと印を結び始めたとき、高耶が叫んだ。
「待ってくれ!」
 その霊魂はその霊自体の霊力が強いせいか、人の姿を模ることが出来た。生前の姿がわかるほどだ。
 焼けた衣服、ただれた皮膚。若い男だ。
「あんた……まさか……」
 何を思ったか高耶は御狸の《外縛》を解いて、その若い男の霊の元に駆け寄った。
「おいっ!景虎っ!」
 放りだされた御狸を見て、ちっと舌打ちすると今度は千秋が本体に向き直る。
 まったく無茶すぎる。ルールも何もあったもんじゃない。
 あまりにも行動が以前の景虎とかけ離れている。
 千秋は前もって段取りを決めておかなかったことを少し後悔していた。
 そんな千秋にはお構いなしで、高耶は粘液の霊を前に立っていた。
「あんた、浩二さんだろ」
 浩二は両膝を地面につけて泣いていた。
 感情がひしひしと伝わってくる。
「何をそんなに泣いてんだよ……」
 誰も悪くはないのに。浩二も留美子も道男も誰も悪くないのに、何故不幸な道を行かなければならないのか。
 呼びかけには答えない。ただひたすら空を見たまま涙を流している。
「あんたに会いたがってる人がいるんだ」
 浩二の涙は止まらない。やはりこちらを見すらしない。
 高耶は集中した。思念派で伝える。
《留美子って人から伝言があるんだ》
 高耶は少し躊躇ってから、その言葉を告げた。
《一生、あんたのことを想ってるって》
 直江が留美子から頼まれた伝言はそれだった。
 "一生、浩二のことを想ってる"。
 留美子の決意だった。
 子どもじみた夢はもう諦めて、一生をかけて浩二の心残りと向き合うつもりだという。
《………》
 初めて浩二がこちらをみた。
 やはり言葉を紡ぐことはないが、口が何かを喋っている。必死の形相で高耶の方を見てくる。
 しかし、やっぱり意志を伝える方法がわからないらしい。聴こえない。
「それじゃわかんねーよ!!」
 思念で伝えて欲しいと言ってみても、口をぱくぱくと動かすだけだ。
 と、突然千秋が悲鳴をあげた。
 御狸が最期の力を振り絞って立ち上がりかけている。千秋は念を打ち込んで更に霊力の削ぎ落としにかかる。
「景虎っ!早くしろっ!」
「ちきしょっ!何言ってっかわかんねーんだよっ!」
 高耶は思わず浩二の粘液の身体に触れた。
 瞬間。
 高耶の脳裏に鮮烈なイメージが浮かんだ。

 咲き乱れる色とりどりの花々
 小さな教会
 純白のドレス
 幸せそうな笑顔

 ゴ メ ン ネ 

 高耶は目を見開いた。
 イメージは止まらない。
 次々と頭の中に溢れ出す。
 どの場面でも、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「それがあんたの伝えたかったことなのか……」
 恋人を取られたことへの恨みでもなく、自分の命を奪った犯人への恨みでもなく、ただ彼女の夢を叶えてあげられなかった自分を責めていたのか。
 独りにしてごめん。何もしてあげられなくてごめん。
 きっと君は夢を諦めてしまうだろう、俺のせいで。
 でも、それは嫌だ。
 いつまでも君には笑顔でいて欲しいから。

 ネ ガ イ ヲ カ ナ エ テ

「分かった……伝えるから……ッ!」
 高耶がそう叫ぶと、浩二は必死の形相を崩して、初めて安堵の表情を浮かべた。
 すると身体が溶けるように崩れ始め、粘液の塊へと戻っていく。
 心残りがなくなったからだろう。しかし粘液に憑着したままでは浄化できない。
 彼を解放するには、《調伏》しかない。
 決断の時だ。
 高耶は調伏を決意した。
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悔恨の小祠

01  02  03  04  更新日2009年05月03日
05  06  07  08  更新日2009年05月08日
09  10  11  12  更新日2009年05月15日
13  14  15  16  更新日2009年05月22日
17  18  19  20  更新日2009年05月29日
21  22  23  24  更新日2009年06月05日
25  26  27  28  更新日2009年06月13日
29  30  31  32  更新日2009年06月19日
33  34          更新日2009年06月19日
        










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