かいこん ほこら
悔恨の小祠
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「で、なぜ譲さんと長秀が?」
翌日、高耶を学校の近くまで迎えに行くと、制服姿の3人がぎゃあぎゃあと騒いでいた。
「俺は帰れって言ったんだけどぉ」
「だって今日こそ買い物に付き合ってくれるって言ってたのに!」
「だからぁ、わりーっていってんじゃんか」
「俺は俺で行くからご心配なく」
千秋はレパードまで持ち出してスタンパっていた。
いちおう成田譲を監視する、という名目で協力しているから、なるべく譲の元を離れない気でいるらしい。
「すみません、譲さん。別に私ひとりでもよかったんですけど」
なにせこの人がどうしてもって言い張るもので、と言い訳する直江に、高耶はなにおうっと眼をむいた。
「いーんです。なるべく邪魔にならないようにしてるから」
「いざとなれば譲さんのほうが戦力になるかもしれませんねぇ。まだ《力》も使えない誰かさんと違って」
わざとらしいその一言で、高耶の頭にはすっかり血が上ってしまった。
「早く行くぞ!」
と、怒鳴りながら高耶はさっさとひとりで車に乗り込む。
譲が笑いながら後に続いた。
「ノせるのがお上手で」
ぼそっと言った千秋に直江が涼しげな視線を返したことなど全く気づく様子もなく、車内の高耶は頭から湯気を出している。
国道147号線から長野自動車道の方へ向かって細い道を何度も折れたところに目的の場所はあった。
200メートルトラック程の敷地内に雑多な木々が立ち並んでいる。
手入れのされていない植物たちは好き好きに生い茂り、暗くて奥まで見通せない。
どんよりとして、それこそ何かが出そうな雰囲気だ。
入り口なんて気の利いたものはもちろん無く、獣道すら見当たらない。
「すげー湿気」
高耶は顔をしかめた。
もうすぐ夏とはいえ、標高約600メートルの松本周辺ではまだまだ肌寒い日もあるというのに、林の方からはまるで熱帯雨林のような、むわっとした風が吹いてくる。
この中に制服とスーツで入っていくのはちょっと躊躇われた。
「ほんとにここなんだろうなあ?」
千秋はすぐ上に見える高速道路に視線を送りつつぼやいた。
「のはずだが……。少し近所で聞き込みでもするか」
直江が掲げた案は全員一致で採用された。
元来た道を引き返して少し近所で聞いてまわってみる。
しかし、具体的な目撃情報は得られなかった。
あの森には自分の祖母の代から大きな狸が住んでるとか、このあいだ変死体が発見されたらしいとか、古くからある森や林にはつきものの、他愛もない噂があるだけのようだ。
逆に何故そんなことを聞くのかとつっこまれ、授業の一環で地元の雑木林を調べている高校生と引率者という苦しい言い訳までするはめになった。
仕方なくそのまま林へと引き返す。
こうなったらもう、身体を使った調査しかない。
翌日、高耶を学校の近くまで迎えに行くと、制服姿の3人がぎゃあぎゃあと騒いでいた。
「俺は帰れって言ったんだけどぉ」
「だって今日こそ買い物に付き合ってくれるって言ってたのに!」
「だからぁ、わりーっていってんじゃんか」
「俺は俺で行くからご心配なく」
千秋はレパードまで持ち出してスタンパっていた。
いちおう成田譲を監視する、という名目で協力しているから、なるべく譲の元を離れない気でいるらしい。
「すみません、譲さん。別に私ひとりでもよかったんですけど」
なにせこの人がどうしてもって言い張るもので、と言い訳する直江に、高耶はなにおうっと眼をむいた。
「いーんです。なるべく邪魔にならないようにしてるから」
「いざとなれば譲さんのほうが戦力になるかもしれませんねぇ。まだ《力》も使えない誰かさんと違って」
わざとらしいその一言で、高耶の頭にはすっかり血が上ってしまった。
「早く行くぞ!」
と、怒鳴りながら高耶はさっさとひとりで車に乗り込む。
譲が笑いながら後に続いた。
「ノせるのがお上手で」
ぼそっと言った千秋に直江が涼しげな視線を返したことなど全く気づく様子もなく、車内の高耶は頭から湯気を出している。
国道147号線から長野自動車道の方へ向かって細い道を何度も折れたところに目的の場所はあった。
200メートルトラック程の敷地内に雑多な木々が立ち並んでいる。
手入れのされていない植物たちは好き好きに生い茂り、暗くて奥まで見通せない。
どんよりとして、それこそ何かが出そうな雰囲気だ。
入り口なんて気の利いたものはもちろん無く、獣道すら見当たらない。
「すげー湿気」
高耶は顔をしかめた。
もうすぐ夏とはいえ、標高約600メートルの松本周辺ではまだまだ肌寒い日もあるというのに、林の方からはまるで熱帯雨林のような、むわっとした風が吹いてくる。
この中に制服とスーツで入っていくのはちょっと躊躇われた。
「ほんとにここなんだろうなあ?」
千秋はすぐ上に見える高速道路に視線を送りつつぼやいた。
「のはずだが……。少し近所で聞き込みでもするか」
直江が掲げた案は全員一致で採用された。
元来た道を引き返して少し近所で聞いてまわってみる。
しかし、具体的な目撃情報は得られなかった。
あの森には自分の祖母の代から大きな狸が住んでるとか、このあいだ変死体が発見されたらしいとか、古くからある森や林にはつきものの、他愛もない噂があるだけのようだ。
逆に何故そんなことを聞くのかとつっこまれ、授業の一環で地元の雑木林を調べている高校生と引率者という苦しい言い訳までするはめになった。
仕方なくそのまま林へと引き返す。
こうなったらもう、身体を使った調査しかない。
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「行きましょう」
直江の号令で一同は渋々湿気の中へと足を踏み入れた。
大したことはないと思っていたのに中に入ると以外に広く感じた。
行く手は暗く、終わりまで見通せず、まるで未開のジャングルのようですらある。
先頭の直江が借りてきた草刈鎌を振るいながら道を切り開く。
が、植物は絡み合っていて中々すんなり断つことができない。
結局、直江と千秋で《力》を使いながら道を開き進んだ。
空気が湿気を通り越して水気と呼びたいほどにじめじめしている。
なんだか息苦しい程だ。
高耶はそこここの植物に見覚えがある気がした。
デジャブに似た妙な感覚だった。
しばらく進んでも、一向に動物の気配はない。
植物のせいで少しずつしか進めず、時間ばかりがかかる。
露を含んで体に張り付く衣服のせいで身動きがとり難いのもあって、すぐに全員息が上がり始めた。
それでも黙々と進み続ける。誰が最初に音を上げるかの我慢比べになり始めたとき、
「くっそう、甘く見てた」
メガネがくもるわ、汗でずり落ちるわでイライラしていた千秋がとうとう愚痴をこぼした。
それをきっかけにして譲と直江も口を開く。
「これじゃあ何かがいたとしても、暗くて見えないよ」
「ちゃんとした装備が必要だな。手探りで探すんじゃ時間がかかりすぎる」
「ちょっと無謀すぎたよな。一度晴家のヤツを連れてきたほうがいいって」
直江も千秋も先程から度々霊査してみるものの、何もひっかかるものがない。
もしかしたら、この林にはもともと何もないのかもしれない、思い始めたところで、
「待てよ」
と声が上がった。
高耶が木々の間の暗がりをじっと見ている。
「何です」
「あっちの方が気になるんだけど」
高耶が指差すのは今進んできた場所から少し横に逸れた方向だった。
「何か感じるんですか」
「……たぶん。よくわかんねーけど」
直江も千秋も特におかしな気配は感じない。
というより、無駄に《力》を使ったため、集中力が途切れてしまうのだが、それでもやはり何かあるとは思えない。
言い出したら聞かない高耶をどうやって説得するか、それぞれが考え始めたとき、譲までもが言い出した。
「なんだか僕も感じる」
直江と千秋は顔を見合わせた。
高耶を信用していない訳ではないが、譲が言うのならば本当に何かあるのかもしれない。
「じゃあ行ってみましょう」
一行は重たい足をその方向へ向けた。
直江の号令で一同は渋々湿気の中へと足を踏み入れた。
大したことはないと思っていたのに中に入ると以外に広く感じた。
行く手は暗く、終わりまで見通せず、まるで未開のジャングルのようですらある。
先頭の直江が借りてきた草刈鎌を振るいながら道を切り開く。
が、植物は絡み合っていて中々すんなり断つことができない。
結局、直江と千秋で《力》を使いながら道を開き進んだ。
空気が湿気を通り越して水気と呼びたいほどにじめじめしている。
なんだか息苦しい程だ。
高耶はそこここの植物に見覚えがある気がした。
デジャブに似た妙な感覚だった。
しばらく進んでも、一向に動物の気配はない。
植物のせいで少しずつしか進めず、時間ばかりがかかる。
露を含んで体に張り付く衣服のせいで身動きがとり難いのもあって、すぐに全員息が上がり始めた。
それでも黙々と進み続ける。誰が最初に音を上げるかの我慢比べになり始めたとき、
「くっそう、甘く見てた」
メガネがくもるわ、汗でずり落ちるわでイライラしていた千秋がとうとう愚痴をこぼした。
それをきっかけにして譲と直江も口を開く。
「これじゃあ何かがいたとしても、暗くて見えないよ」
「ちゃんとした装備が必要だな。手探りで探すんじゃ時間がかかりすぎる」
「ちょっと無謀すぎたよな。一度晴家のヤツを連れてきたほうがいいって」
直江も千秋も先程から度々霊査してみるものの、何もひっかかるものがない。
もしかしたら、この林にはもともと何もないのかもしれない、思い始めたところで、
「待てよ」
と声が上がった。
高耶が木々の間の暗がりをじっと見ている。
「何です」
「あっちの方が気になるんだけど」
高耶が指差すのは今進んできた場所から少し横に逸れた方向だった。
「何か感じるんですか」
「……たぶん。よくわかんねーけど」
直江も千秋も特におかしな気配は感じない。
というより、無駄に《力》を使ったため、集中力が途切れてしまうのだが、それでもやはり何かあるとは思えない。
言い出したら聞かない高耶をどうやって説得するか、それぞれが考え始めたとき、譲までもが言い出した。
「なんだか僕も感じる」
直江と千秋は顔を見合わせた。
高耶を信用していない訳ではないが、譲が言うのならば本当に何かあるのかもしれない。
「じゃあ行ってみましょう」
一行は重たい足をその方向へ向けた。
「祠だ……」
高耶の言うとおりだった。
十数メートル進んだところに畳三帖分程の空間が開いていて、真ん中にぽつんと祠があった。
この湿気のせいか木は腐りきっていて、触れればぽろぽろとかけらが落ちてくる。
「なんだか血みたい」
譲が祠の脚の部分を気持ち悪そうに見ている。
何かの液体が凝り固まってへばりついていた。色は黒い。
「これ、あの祠と似てないか?」
高耶は祠の周りをぐるりと巡ってから言った。
確かに百葉箱のようなこの形はあのサービスエリアにあったものと似ている。
だがその判別もつかない程にボロボロだ。
「断定はできませんが……」
「開けてみればわかるんじゃね?」
中に木彫りの仏像があれば、同じ人物が作ったものかもしれない。
高耶は壊れかけている祠の扉に手をかけた。
が、
「待って!!」
ふいに譲が大声を出した。
高耶の元へ駆け寄って手を押さえようとするが、すで遅い。
高耶の手によって扉は開かれてしまった後だった。
祠の中の暗い闇の奥から、不穏な空気が漏れる───
突如として、影のようなものが飛び出してきた……!!
「うわっ!」
二人は同時に悲鳴をあげた。
大きくて、黒く、暗い影……。
ぶつかった!と思った瞬間、その影の感情が高耶の中に一気に流れ込んできた。
頭の中で悲鳴のような想いが反響する。
───モウイヤダ……!
───コンナハズジャナカッタノニ……!
───ドウシテコンナコトニ……!
「景虎様!」
「成田!」
小さな祠に入っていたとはとても思えない体積の影のようなものは、まるで投影された映像のようにそのまま高耶と譲の体を通り抜け、林の中へ数メートル程入って動きを止めた。
走り寄った直江の腕に高耶が倒れこむ。
譲のほうはかろうじて立ったまま千秋に支えられている。
「長秀、譲さんを!」
「わかってる!」
頭を抱える高耶のもとへ駆け寄ろうとする譲を制しながら長秀は大きな影をにらみつけている。
「こいつ……っ!実体化していくぞ……っ」
大きな影はむくむくと伸縮していた。そのうちに毛が生え出してくる。
異様に痛む頭を押さえながら高耶が顔を上げると、ソレはもう影ではなく、二本足で立ち、茶色けた毛が生えた大きな獣の姿だった。
大きい。3メートルはあるだろうか。
太ったアライグマのような胴回りに手と足があり、耳まであった。
ただ黒いだけの眼球が、千秋と譲を捕らえる。攻撃する気か。
「譲さん!こっちへ!」
まだ立ち上がれずにいる高耶を抱えて、直江が叫ぶ。
と、その時、獣の口から透明な水あめのようなかたまりが飛び出した。
「うげっ!」
「うわあっ!」
そのかたまりともろにぶつかった千秋はしりもちをつき、譲も巻き添えをくって倒れこむ。
「何なんだこりゃあっっ!」
ネバネバとしたその大量の液体がべっとりと二人の体にくっついた。
「き、気持ち悪い……」
体中から垂れ落ちる液体はかなり臭う。
吐き出された塊りの方はずるずるとひとりでに動き出していた。こっちに向かってくるかと思いきや、また獣の元へと還っていく。獣はそれを吸い込んだ。そしてその口で、にたぁ~っと笑った。
千秋の表情が不意に切り替わる。
「ちいいっきしょぉ!!くせえんだよおぉ~~!!」
ブチギレた千秋が力に任せて念を打ち込んだ。
ギャアアンッ!!
人の声とも獣の声ともつかない悲鳴をあげて、獣は更に林の奥へと移動をはじめる。
その体は再び影のようなものに戻り始めていた。
このままでは、木々の間の闇にまぎれてまた逃げられてしまう。
千秋は後を追おうとしたが、
「長秀!譲さんをひとりにするな!」
と直江に制され断念した。
「くそっ!!」
高耶の言うとおりだった。
十数メートル進んだところに畳三帖分程の空間が開いていて、真ん中にぽつんと祠があった。
この湿気のせいか木は腐りきっていて、触れればぽろぽろとかけらが落ちてくる。
「なんだか血みたい」
譲が祠の脚の部分を気持ち悪そうに見ている。
何かの液体が凝り固まってへばりついていた。色は黒い。
「これ、あの祠と似てないか?」
高耶は祠の周りをぐるりと巡ってから言った。
確かに百葉箱のようなこの形はあのサービスエリアにあったものと似ている。
だがその判別もつかない程にボロボロだ。
「断定はできませんが……」
「開けてみればわかるんじゃね?」
中に木彫りの仏像があれば、同じ人物が作ったものかもしれない。
高耶は壊れかけている祠の扉に手をかけた。
が、
「待って!!」
ふいに譲が大声を出した。
高耶の元へ駆け寄って手を押さえようとするが、すで遅い。
高耶の手によって扉は開かれてしまった後だった。
祠の中の暗い闇の奥から、不穏な空気が漏れる───
突如として、影のようなものが飛び出してきた……!!
「うわっ!」
二人は同時に悲鳴をあげた。
大きくて、黒く、暗い影……。
ぶつかった!と思った瞬間、その影の感情が高耶の中に一気に流れ込んできた。
頭の中で悲鳴のような想いが反響する。
───モウイヤダ……!
───コンナハズジャナカッタノニ……!
───ドウシテコンナコトニ……!
「景虎様!」
「成田!」
小さな祠に入っていたとはとても思えない体積の影のようなものは、まるで投影された映像のようにそのまま高耶と譲の体を通り抜け、林の中へ数メートル程入って動きを止めた。
走り寄った直江の腕に高耶が倒れこむ。
譲のほうはかろうじて立ったまま千秋に支えられている。
「長秀、譲さんを!」
「わかってる!」
頭を抱える高耶のもとへ駆け寄ろうとする譲を制しながら長秀は大きな影をにらみつけている。
「こいつ……っ!実体化していくぞ……っ」
大きな影はむくむくと伸縮していた。そのうちに毛が生え出してくる。
異様に痛む頭を押さえながら高耶が顔を上げると、ソレはもう影ではなく、二本足で立ち、茶色けた毛が生えた大きな獣の姿だった。
大きい。3メートルはあるだろうか。
太ったアライグマのような胴回りに手と足があり、耳まであった。
ただ黒いだけの眼球が、千秋と譲を捕らえる。攻撃する気か。
「譲さん!こっちへ!」
まだ立ち上がれずにいる高耶を抱えて、直江が叫ぶ。
と、その時、獣の口から透明な水あめのようなかたまりが飛び出した。
「うげっ!」
「うわあっ!」
そのかたまりともろにぶつかった千秋はしりもちをつき、譲も巻き添えをくって倒れこむ。
「何なんだこりゃあっっ!」
ネバネバとしたその大量の液体がべっとりと二人の体にくっついた。
「き、気持ち悪い……」
体中から垂れ落ちる液体はかなり臭う。
吐き出された塊りの方はずるずるとひとりでに動き出していた。こっちに向かってくるかと思いきや、また獣の元へと還っていく。獣はそれを吸い込んだ。そしてその口で、にたぁ~っと笑った。
千秋の表情が不意に切り替わる。
「ちいいっきしょぉ!!くせえんだよおぉ~~!!」
ブチギレた千秋が力に任せて念を打ち込んだ。
ギャアアンッ!!
人の声とも獣の声ともつかない悲鳴をあげて、獣は更に林の奥へと移動をはじめる。
その体は再び影のようなものに戻り始めていた。
このままでは、木々の間の闇にまぎれてまた逃げられてしまう。
千秋は後を追おうとしたが、
「長秀!譲さんをひとりにするな!」
と直江に制され断念した。
「くそっ!!」
「高耶、大丈夫!?」
敵が去ったのを確かめて、譲は慌てて駆け寄ってきた。
直江は逆に問いかける。
「譲さんこそ大丈夫ですか?」
もし液体が毒性のものだとしたら、すぐに洗い流さないと危険だ。
「大丈夫、ちょっとくさいけど」
確かに獣のような据えた臭いがする。
いたずらのばれた子供の様に笑うとすぐに心配顔に戻った。
「それより高耶、大丈夫?」
「……ああ」
さすがに直江の腕からは離れているものの、まだ立ち上がることができずにいた。
頭の内側から金槌で殴られているようだ。
流れ込んできた感情が、体の中でこだましている。
「ったく、あてられやがって。精神(こころ)が弱ぇからだよ」
譲と同じく全身を汚して千秋もこちらへやってきた。
確かに譲も同じ目にあったはずなのに、全然平気そうだ。
「……うるせえ」
言い返す声にも力が込められない。
千秋はそんな高耶を一瞥して眼鏡を拭きだした。
「何なんだよ、あれ」
「詳しいことはわからないが、例の男女が目撃したものに間違いないな」
”雪男”と表現された姿形も、透明の粘液も、あの獣のようなものの仕業だろう。
予想よりも随分と大きかったが。
「ひとつ、じゃなかったよ」
その存在にいち早く気づいた譲は言った。
「ひとつじゃない?」
「うん、いろんなものがたくさん集まってる感じだった」
譲は思い返すように宙をみている。
「………確かに」
かすれた声で、高耶も相槌を打った。
「アレは一体じゃない。たぶんいろんな霊が混じって出来てた」
頭の痛みを押さえ込んで、直江に手伝われながら立ち上がる。
「ただ、ひでえ暗いことばっか考えてる。このままじゃ手当たり次第に引き込み始めるかもしれない」
それを聞いて何かを考えていたような直江はしばらくして口を開いた。
「とりあえず、長秀が与えたダメージの回復にもう2、3日はかかるでしょう。私はその間、情報を集めてみます。今日のところはこれで引き上げましょう」
「どっちにしろクッサくって、とてもじゃねえけど仕事する気がしねえしな」
千秋は身体に張り付いた服を引っ張っている。
一同はそのまま引き上げることにした。
「これ何なんだろう?」
車を停めた場所へと歩き出しながら、譲は自分の体についた粘液を地面に垂らしてみせた。
「口から吐いてたんだから鼻水っつーよりは痰じゃねえ?」
「げっ、きったね!」
「くそー、どうやってレパード(あいぼう)を汚さずに帰るかなー」
たぶんどうやっても無理だろう。
いつもだったらここぞとばかりに囃したてるであろう高耶は先程から黙ったままだ。
「高耶、ほんとに大丈夫?」
譲が顔を覗き込む。
「ああ」
答えたものの、高耶は覗き込んでくる譲のまっすぐな視線が痛かった。
どうやら怨念に当てられただけではなさそうだ、と察した直江が千秋に目配せをしたのを譲も高耶も気付いていない。
駐車した場所へ戻ると示し合わせたように千秋が言った。
「じゃ、俺は成田を送ってくから」
「え、俺だけ?高耶は?」
「成田んちは途中だからいーけど、景虎(おうぎ)んとこは遠回りなんだよ」
「だけど……」
「いーからいーから、ガキのことは保護者に任せとけばいーの」
躊躇する譲の肩を押して、千秋はレパードの方へ去っていった。
二人がいなくなると、高耶の顔つきはますます暗くなる。
「私たちも帰りましょう」
高耶は直江を少しだけ見ると、返事もせずに車に乗り込んだ。
敵が去ったのを確かめて、譲は慌てて駆け寄ってきた。
直江は逆に問いかける。
「譲さんこそ大丈夫ですか?」
もし液体が毒性のものだとしたら、すぐに洗い流さないと危険だ。
「大丈夫、ちょっとくさいけど」
確かに獣のような据えた臭いがする。
いたずらのばれた子供の様に笑うとすぐに心配顔に戻った。
「それより高耶、大丈夫?」
「……ああ」
さすがに直江の腕からは離れているものの、まだ立ち上がることができずにいた。
頭の内側から金槌で殴られているようだ。
流れ込んできた感情が、体の中でこだましている。
「ったく、あてられやがって。精神(こころ)が弱ぇからだよ」
譲と同じく全身を汚して千秋もこちらへやってきた。
確かに譲も同じ目にあったはずなのに、全然平気そうだ。
「……うるせえ」
言い返す声にも力が込められない。
千秋はそんな高耶を一瞥して眼鏡を拭きだした。
「何なんだよ、あれ」
「詳しいことはわからないが、例の男女が目撃したものに間違いないな」
”雪男”と表現された姿形も、透明の粘液も、あの獣のようなものの仕業だろう。
予想よりも随分と大きかったが。
「ひとつ、じゃなかったよ」
その存在にいち早く気づいた譲は言った。
「ひとつじゃない?」
「うん、いろんなものがたくさん集まってる感じだった」
譲は思い返すように宙をみている。
「………確かに」
かすれた声で、高耶も相槌を打った。
「アレは一体じゃない。たぶんいろんな霊が混じって出来てた」
頭の痛みを押さえ込んで、直江に手伝われながら立ち上がる。
「ただ、ひでえ暗いことばっか考えてる。このままじゃ手当たり次第に引き込み始めるかもしれない」
それを聞いて何かを考えていたような直江はしばらくして口を開いた。
「とりあえず、長秀が与えたダメージの回復にもう2、3日はかかるでしょう。私はその間、情報を集めてみます。今日のところはこれで引き上げましょう」
「どっちにしろクッサくって、とてもじゃねえけど仕事する気がしねえしな」
千秋は身体に張り付いた服を引っ張っている。
一同はそのまま引き上げることにした。
「これ何なんだろう?」
車を停めた場所へと歩き出しながら、譲は自分の体についた粘液を地面に垂らしてみせた。
「口から吐いてたんだから鼻水っつーよりは痰じゃねえ?」
「げっ、きったね!」
「くそー、どうやってレパード(あいぼう)を汚さずに帰るかなー」
たぶんどうやっても無理だろう。
いつもだったらここぞとばかりに囃したてるであろう高耶は先程から黙ったままだ。
「高耶、ほんとに大丈夫?」
譲が顔を覗き込む。
「ああ」
答えたものの、高耶は覗き込んでくる譲のまっすぐな視線が痛かった。
どうやら怨念に当てられただけではなさそうだ、と察した直江が千秋に目配せをしたのを譲も高耶も気付いていない。
駐車した場所へ戻ると示し合わせたように千秋が言った。
「じゃ、俺は成田を送ってくから」
「え、俺だけ?高耶は?」
「成田んちは途中だからいーけど、景虎(おうぎ)んとこは遠回りなんだよ」
「だけど……」
「いーからいーから、ガキのことは保護者に任せとけばいーの」
躊躇する譲の肩を押して、千秋はレパードの方へ去っていった。
二人がいなくなると、高耶の顔つきはますます暗くなる。
「私たちも帰りましょう」
高耶は直江を少しだけ見ると、返事もせずに車に乗り込んだ。
かいこん ほこら
悔恨の小祠