かいこん ほこら
悔恨の小祠
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息を整え、目を閉じた。
(頼む………!)
何ものかに祈りを捧げつつ、思い浮かべたのは直江の姿だった。
初めて直江が調伏して見せたあのときの言葉と手の運びを、思い描きながら印を結ぶ。
「のうまく ぼだなん……」
わずかに手ごたえを感じた。
「景虎……!?」
「……ばいしらまんだやそわか!」
その言葉では言い表せない感覚を逃さないように集中する。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
掌のなかにまばゆい光が生まれる───!
「《調伏》!!!!」
高耶のその言葉で、大量の光が浩二を包み込んだ。
魂を押しつぶすような感触と浩二からの感謝の情が結んだ手に伝わってくる。
(あんたの気持ちは絶対彼女に伝えるから……!)
高耶の誓いと共に、浩二の魂を包んだ光はあっという間に大気に溶けていった。
(おわっ……た……)
思わず呆けそうになった高耶だったが、その余韻に浸る暇もなく、今度は千秋から怒声が飛んだ。
高耶は再び御狸と向き合う。
吐き出せる霊魂はもうないと見てとった千秋の容赦ない念攻撃で御狸はすっかりしぼんでいた。
毛が抜け落ち皮も剥がれ、背丈の小さい人の姿となっていた。
間違いなく町田であろうその霊は、ひどくやせ細って、骨ばった腕や足をぎくしゃくと動かしている。
御狸の正体は、タヌキの妖怪ではなく人霊がケモノの姿となったものだったのだ。
しかし、もう攻撃もしてこない。
哀れに這いつくばって地面を見つめ、時折咳き込みながらぶつぶつと何かつぶやいている。
よく聞くとそれは贖罪の言葉だった。
ズキン、とした痛みを胸に感じながら高耶は男の前に跪く。
「町田サン」
あげた顔は、頬がげっそりとこけていて痛々しい。
「気が済んだか」
町田の頬に涙がつたった。
不幸な人だと思う。不運とも呼びかえられる。
当然あると想定していた未来を他人の不注意によって奪われてしまったのだ。
だけど、こんなことをして一体誰の得になるというのだろう。
「俺はまだ家族と死に別れたことねーし、本当の意味ではわかってやれねーよ、あんたの気持ち」
高耶はまっすぐに町田を見つめながら、昨夜眠れずにずっと考えていたことを伝えようと思った。
「だけど、やっぱりあんたは不幸に負けちゃ駄目だったんだ。人為的なトラブルでも、起きちまったらもう過去は変えられない。どんなにつらくても、先を……未来をみるべきだった」
二度と変えることの出来ないものを見つめていても、不幸だし、行き詰まるだけだ。
しばらく視線を泳がせていた町田は、こう伝えてきた。
───息子夫婦や孫のいない未来にどんな意味があるのか。
町田の眼から更に涙が溢れ出した。その瞳はまるで見えるはずのない息子達の姿を見ているようだ。
高耶は語調を強くした。自分の言葉が町田に届くように願いながら。
「いや、あんたには本当の未来のことなんてちっとも見えてなかったんだ。たぶん見ようともしていなかった。息子たちの死というアクシデントのフィルターを通してでしか物事を考えられなくなってたんだ。
たとえば、天災で息子たちがなくなったらどうだった?あんたは同じように自分を責め、こんなことをしでかしていたのか?どうしても納得のいかない、受け入れがたい事が起きて、感情を自分の中で処理しきれずに、あんたは自分で自分を責めることに逃げ込んだんだ。それじゃあ怒りに任せて無関係の事柄を呪うのとおんなじだ。あんたが本当にすべきだったことは、理不尽を自分や加害者に押し付けることじゃなかった。大事な人間のいなくなった現実をちゃんとみつめて、この先どう生きていくかをもっと考えるべきだった」
それは机上の空論かもしれない。いざその立場に立てば、終わりの見えない拷問のようなものかもしれない。逃げ出したくもなるだろう。
「あんたが逃げたことを責めるつもりはない。あんただけが特別に弱いとも思ってない。誰にだって自分の足で立てなくなることはある。けどそうなったとき、あんたには一緒に支え合って立ち上がるべき人がいたんだろう?」
息子夫婦と孫が事故で死に、夫に先立たれ、残されたはる香は今、ひとりだ。
「彼女をひとりにしたことこそがあんたの罪だと思う。そのことのほうをあんたは後悔すべきだ」
初めて町田の嗚咽がとまった。
「……人は必ず死ぬんだ。どんな形であれ、必ず先に逝く者と残される者が生まれる。生き残った人間が死者を想うなら、死者の想いに報いることを考えなくちゃ駄目なんだ。死者が何を想っていたのかをなるべく正確に推し量って、そのことについて自分に出来ることがあるのかを考えなくちゃ駄目だ」
そこまで喋って、高耶は大きく息をついた。そして、今のは受け売りだけど、と付け足した。
───どうすればいい。もうとりかえしはつかない。
町田の表情は苦渋に満ちていた。
高耶は別にそんな顔をさせたかった訳じゃない。ただ無理やり《調伏》するんではなく、納得してこの世を去って欲しかったのだ。
「そうだな……。あんたは死んだ。もうこの世で出来ることはない。あんたがこっちですべきだったことは、きっと奥さんが後を継いでやってくれる。今のあんたにできる唯一のことは、この世を旅立つことだ。
そしてあんたは生まれ変わって、次の人生こそ遣り残しの無いようにすればいい。運が良ければ、来世でまた息子達に会えるかもしれない。そしたら、今度こそ皆で一緒に過ごせるさ」
高耶の言葉は魔法のように町田の表情を穏やかにしていった。
(頼む………!)
何ものかに祈りを捧げつつ、思い浮かべたのは直江の姿だった。
初めて直江が調伏して見せたあのときの言葉と手の運びを、思い描きながら印を結ぶ。
「のうまく ぼだなん……」
わずかに手ごたえを感じた。
「景虎……!?」
「……ばいしらまんだやそわか!」
その言葉では言い表せない感覚を逃さないように集中する。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
掌のなかにまばゆい光が生まれる───!
「《調伏》!!!!」
高耶のその言葉で、大量の光が浩二を包み込んだ。
魂を押しつぶすような感触と浩二からの感謝の情が結んだ手に伝わってくる。
(あんたの気持ちは絶対彼女に伝えるから……!)
高耶の誓いと共に、浩二の魂を包んだ光はあっという間に大気に溶けていった。
(おわっ……た……)
思わず呆けそうになった高耶だったが、その余韻に浸る暇もなく、今度は千秋から怒声が飛んだ。
高耶は再び御狸と向き合う。
吐き出せる霊魂はもうないと見てとった千秋の容赦ない念攻撃で御狸はすっかりしぼんでいた。
毛が抜け落ち皮も剥がれ、背丈の小さい人の姿となっていた。
間違いなく町田であろうその霊は、ひどくやせ細って、骨ばった腕や足をぎくしゃくと動かしている。
御狸の正体は、タヌキの妖怪ではなく人霊がケモノの姿となったものだったのだ。
しかし、もう攻撃もしてこない。
哀れに這いつくばって地面を見つめ、時折咳き込みながらぶつぶつと何かつぶやいている。
よく聞くとそれは贖罪の言葉だった。
ズキン、とした痛みを胸に感じながら高耶は男の前に跪く。
「町田サン」
あげた顔は、頬がげっそりとこけていて痛々しい。
「気が済んだか」
町田の頬に涙がつたった。
不幸な人だと思う。不運とも呼びかえられる。
当然あると想定していた未来を他人の不注意によって奪われてしまったのだ。
だけど、こんなことをして一体誰の得になるというのだろう。
「俺はまだ家族と死に別れたことねーし、本当の意味ではわかってやれねーよ、あんたの気持ち」
高耶はまっすぐに町田を見つめながら、昨夜眠れずにずっと考えていたことを伝えようと思った。
「だけど、やっぱりあんたは不幸に負けちゃ駄目だったんだ。人為的なトラブルでも、起きちまったらもう過去は変えられない。どんなにつらくても、先を……未来をみるべきだった」
二度と変えることの出来ないものを見つめていても、不幸だし、行き詰まるだけだ。
しばらく視線を泳がせていた町田は、こう伝えてきた。
───息子夫婦や孫のいない未来にどんな意味があるのか。
町田の眼から更に涙が溢れ出した。その瞳はまるで見えるはずのない息子達の姿を見ているようだ。
高耶は語調を強くした。自分の言葉が町田に届くように願いながら。
「いや、あんたには本当の未来のことなんてちっとも見えてなかったんだ。たぶん見ようともしていなかった。息子たちの死というアクシデントのフィルターを通してでしか物事を考えられなくなってたんだ。
たとえば、天災で息子たちがなくなったらどうだった?あんたは同じように自分を責め、こんなことをしでかしていたのか?どうしても納得のいかない、受け入れがたい事が起きて、感情を自分の中で処理しきれずに、あんたは自分で自分を責めることに逃げ込んだんだ。それじゃあ怒りに任せて無関係の事柄を呪うのとおんなじだ。あんたが本当にすべきだったことは、理不尽を自分や加害者に押し付けることじゃなかった。大事な人間のいなくなった現実をちゃんとみつめて、この先どう生きていくかをもっと考えるべきだった」
それは机上の空論かもしれない。いざその立場に立てば、終わりの見えない拷問のようなものかもしれない。逃げ出したくもなるだろう。
「あんたが逃げたことを責めるつもりはない。あんただけが特別に弱いとも思ってない。誰にだって自分の足で立てなくなることはある。けどそうなったとき、あんたには一緒に支え合って立ち上がるべき人がいたんだろう?」
息子夫婦と孫が事故で死に、夫に先立たれ、残されたはる香は今、ひとりだ。
「彼女をひとりにしたことこそがあんたの罪だと思う。そのことのほうをあんたは後悔すべきだ」
初めて町田の嗚咽がとまった。
「……人は必ず死ぬんだ。どんな形であれ、必ず先に逝く者と残される者が生まれる。生き残った人間が死者を想うなら、死者の想いに報いることを考えなくちゃ駄目なんだ。死者が何を想っていたのかをなるべく正確に推し量って、そのことについて自分に出来ることがあるのかを考えなくちゃ駄目だ」
そこまで喋って、高耶は大きく息をついた。そして、今のは受け売りだけど、と付け足した。
───どうすればいい。もうとりかえしはつかない。
町田の表情は苦渋に満ちていた。
高耶は別にそんな顔をさせたかった訳じゃない。ただ無理やり《調伏》するんではなく、納得してこの世を去って欲しかったのだ。
「そうだな……。あんたは死んだ。もうこの世で出来ることはない。あんたがこっちですべきだったことは、きっと奥さんが後を継いでやってくれる。今のあんたにできる唯一のことは、この世を旅立つことだ。
そしてあんたは生まれ変わって、次の人生こそ遣り残しの無いようにすればいい。運が良ければ、来世でまた息子達に会えるかもしれない。そしたら、今度こそ皆で一緒に過ごせるさ」
高耶の言葉は魔法のように町田の表情を穏やかにしていった。
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ふたりのやりとりを静かに見守っていた千秋は、高耶の肩をポンと叩いた。
「引導、渡してやれよ」
高耶もうなずく。
立ち上がると印を結んだ。
だが、なんだか感覚が先程と違う。
「のうまく……さまんだ、ぼだなん、ばいしらまんだら……や?」
あれほどスムーズに出てきた真言も思い出すだけで精一杯だ。
「あれ…?」
「お前なあ……」
千秋はガクッとずっこけた。
「ったく、しょーがねーなー」
高耶を押しのけるようにして町田の前に立つと、千秋はビシっと印を結んだ。
「のうまくさまんだ ぼだなん ばいしらまんだやそわか!」
外縛はしない。町田は観念したように手を合わせている。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
目に痛いほどの真白い光が千秋の手の中で輝いた。
「《調伏》!!」
町田の霊魂は抗うことなく消えていった───。
これですべてが終わった。
合掌を解いた千秋の横で、高耶は大きくため息をついた。
できる限りのことはやった。
「景虎」だったらもっといい形で送ってやれたのかもしれないが、今の自分にしては上出来だ。
(俺は俺であればいいんだろう?)
自分のやり方を貫けたと思う。
けれど、そのやり方に不満を抱く人間がすぐ隣にいた。
ゲシッ
「いってぇぇ!何すんだっ!」
千秋のケリが高耶の尻に見事にヒットした。
「あほっ!何すんだはこっちのセリフじゃっ!おめーは自由すぎんだよっ!大将だからって何でも許されると思ったら大間違いなんだからな、この女王気質が!」
「なんだよっ女王って!」
「るっせえ!このクイーンタイガーがっ!」
更に続けて千秋が説教(?)を始めようとしたところに、遠くの方からガサガサっと緑を押しのける音がした。不自然な木々の揺れがだんだんと近づいてくる。
まだ何かいたのか、とふたりとも思わず身構えたところへ、黒い塊が飛び出してきた。
「景虎様……!」
「直江!」
息を乱して現れたのは直江だった。
千秋がヒュウと口笛を吹く。
「ほんとに来きやがった。つーかどんだけ飛ばしてきたんだよ」
あたりの木々や祠がつぶれている惨劇をみて唖然としていた直江は、高耶と目があうと駆け寄ってきた。
「怪我はありませんか!」
肩口をつかんでゆすってくる。
「あ、ああ。大丈夫だ」
直江はほっとため息はついたものの眉間の皺が消えない。
「ちゃんと《調伏》も出来たし、心配するほどのモンじゃなかったって。なぁ千秋」
「ぶわぁ~か虎。俺様がいたからなんとかなったんだろーが。たっぷり直江に絞ってもらえ」
「げっ!逃げんのかよ!」
千秋はお先~と手をヒラヒラさせてさっさと帰ってしまった。
「直江?」
先ほどから掴んだ肩を離そうとしない直江に高耶は声を掛ける。
気まずそうにしている高耶に気付いた直江は身体を離した。
「……送ります」
高耶は無言で車へと戻る直江の後に続いた。
「引導、渡してやれよ」
高耶もうなずく。
立ち上がると印を結んだ。
だが、なんだか感覚が先程と違う。
「のうまく……さまんだ、ぼだなん、ばいしらまんだら……や?」
あれほどスムーズに出てきた真言も思い出すだけで精一杯だ。
「あれ…?」
「お前なあ……」
千秋はガクッとずっこけた。
「ったく、しょーがねーなー」
高耶を押しのけるようにして町田の前に立つと、千秋はビシっと印を結んだ。
「のうまくさまんだ ぼだなん ばいしらまんだやそわか!」
外縛はしない。町田は観念したように手を合わせている。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
目に痛いほどの真白い光が千秋の手の中で輝いた。
「《調伏》!!」
町田の霊魂は抗うことなく消えていった───。
これですべてが終わった。
合掌を解いた千秋の横で、高耶は大きくため息をついた。
できる限りのことはやった。
「景虎」だったらもっといい形で送ってやれたのかもしれないが、今の自分にしては上出来だ。
(俺は俺であればいいんだろう?)
自分のやり方を貫けたと思う。
けれど、そのやり方に不満を抱く人間がすぐ隣にいた。
ゲシッ
「いってぇぇ!何すんだっ!」
千秋のケリが高耶の尻に見事にヒットした。
「あほっ!何すんだはこっちのセリフじゃっ!おめーは自由すぎんだよっ!大将だからって何でも許されると思ったら大間違いなんだからな、この女王気質が!」
「なんだよっ女王って!」
「るっせえ!このクイーンタイガーがっ!」
更に続けて千秋が説教(?)を始めようとしたところに、遠くの方からガサガサっと緑を押しのける音がした。不自然な木々の揺れがだんだんと近づいてくる。
まだ何かいたのか、とふたりとも思わず身構えたところへ、黒い塊が飛び出してきた。
「景虎様……!」
「直江!」
息を乱して現れたのは直江だった。
千秋がヒュウと口笛を吹く。
「ほんとに来きやがった。つーかどんだけ飛ばしてきたんだよ」
あたりの木々や祠がつぶれている惨劇をみて唖然としていた直江は、高耶と目があうと駆け寄ってきた。
「怪我はありませんか!」
肩口をつかんでゆすってくる。
「あ、ああ。大丈夫だ」
直江はほっとため息はついたものの眉間の皺が消えない。
「ちゃんと《調伏》も出来たし、心配するほどのモンじゃなかったって。なぁ千秋」
「ぶわぁ~か虎。俺様がいたからなんとかなったんだろーが。たっぷり直江に絞ってもらえ」
「げっ!逃げんのかよ!」
千秋はお先~と手をヒラヒラさせてさっさと帰ってしまった。
「直江?」
先ほどから掴んだ肩を離そうとしない直江に高耶は声を掛ける。
気まずそうにしている高耶に気付いた直江は身体を離した。
「……送ります」
高耶は無言で車へと戻る直江の後に続いた。
高耶は心も身体もすっかり軽くなって、とても気分がよかった。
自分の中に残っていた彼らの感情も、《調伏》とともに消え去っていた。
自分なりに彼らを救えたことが高耶には嬉しかった。
けれど、傍らの直江は先程から何も言わない。
怒ってるのか厳しい表情のままだ。
そんなことは初めてで高耶は少々戸惑っていた。
一応、事の次第を話して聞かせた。浩二の想いも、町田の最期も、自分の調伏のことも。
なのに相槌すら殆どないまま、高耶の家に着いてしまった。
車を停めて、直江は降りろとも言わない。
一体どんな表情をしているのか確かめるのが怖くて、眼もあわせずに、
「じゃあな」
とだけ言って降りかけたところで、急に直江の左手が高耶の腕を掴んだ。
驚いて振り返る高耶を強引に引き寄せると、そのまま助手席のシートに押し付けてくる。
「何だよ」
直江の顔が間近に迫っていた。
怒っているかと思った直江は、以外にも無表情に近かった。
逆に、何を考えているのかわからない眼が怖くて、反射的に睨み付ける。
「こんな無茶をして、褒めてもらえるとでも思ったのですか」
腕を掴む力が、指が食い込むほどに強くなった。
「痛ぇっ……」
抜け出そうともがいてみたが、腕力では敵わない。
なんだか本当にいつもの直江じゃない。
「そんなガキみたいなこと考えるかよっ。お前だって言っただろ、《調伏》されたほうが幸せかもしれないって。俺もそう思ったから……ッ」
「確かに言いました。けれど、思うところがあるのなら話して欲しいとも言いました。何故私に黙って事を急いたりしたんです。長秀が連絡して来なかったら、今頃どうなっていたことか……」
「………」
確かにそうだ。高耶は意図的に直江を無視したことを自分でもよく解っていた。
相談なんて出来ない。頼ることは許されない……。
直江が怒ることはとっくに解っていた気がする。
自分は一体どうして直江だけは駄目だと思うのだろう。千秋になら、よかったのに……。
直江の瞳から視線を逸らした。
「悪かったよ、勝手に動いたりして」
「……心からそう思ってますか?」
「ああ」
高耶は証明して見せるかのように強張った身体の力を抜いて、シートに身を預けた。
それを見て、直江はやっと腕を離した。
自分の中に残っていた彼らの感情も、《調伏》とともに消え去っていた。
自分なりに彼らを救えたことが高耶には嬉しかった。
けれど、傍らの直江は先程から何も言わない。
怒ってるのか厳しい表情のままだ。
そんなことは初めてで高耶は少々戸惑っていた。
一応、事の次第を話して聞かせた。浩二の想いも、町田の最期も、自分の調伏のことも。
なのに相槌すら殆どないまま、高耶の家に着いてしまった。
車を停めて、直江は降りろとも言わない。
一体どんな表情をしているのか確かめるのが怖くて、眼もあわせずに、
「じゃあな」
とだけ言って降りかけたところで、急に直江の左手が高耶の腕を掴んだ。
驚いて振り返る高耶を強引に引き寄せると、そのまま助手席のシートに押し付けてくる。
「何だよ」
直江の顔が間近に迫っていた。
怒っているかと思った直江は、以外にも無表情に近かった。
逆に、何を考えているのかわからない眼が怖くて、反射的に睨み付ける。
「こんな無茶をして、褒めてもらえるとでも思ったのですか」
腕を掴む力が、指が食い込むほどに強くなった。
「痛ぇっ……」
抜け出そうともがいてみたが、腕力では敵わない。
なんだか本当にいつもの直江じゃない。
「そんなガキみたいなこと考えるかよっ。お前だって言っただろ、《調伏》されたほうが幸せかもしれないって。俺もそう思ったから……ッ」
「確かに言いました。けれど、思うところがあるのなら話して欲しいとも言いました。何故私に黙って事を急いたりしたんです。長秀が連絡して来なかったら、今頃どうなっていたことか……」
「………」
確かにそうだ。高耶は意図的に直江を無視したことを自分でもよく解っていた。
相談なんて出来ない。頼ることは許されない……。
直江が怒ることはとっくに解っていた気がする。
自分は一体どうして直江だけは駄目だと思うのだろう。千秋になら、よかったのに……。
直江の瞳から視線を逸らした。
「悪かったよ、勝手に動いたりして」
「……心からそう思ってますか?」
「ああ」
高耶は証明して見せるかのように強張った身体の力を抜いて、シートに身を預けた。
それを見て、直江はやっと腕を離した。
「あなたがこうすべきだと判断したのなら、私は従うまでです。むやみに反対したりはしない。そんなに私が信用できませんか」
「……そんなんじゃない」
「私のいないところで、あなたの身に何かあったら……」
高耶が直江を見ると、その顔が苦しげに歪んでいた。
「もう二度とあなたを失いたくないんです」
「直江……」
「あなたは自分の身を第一に考えろと言ったって、聞く人ではありません。簡単に自らを投げ出してしまう。だから、あなたのことは私が護ると決めたんです。あなたが何ものかを護るというのなら、それ以上の強さで私があなたを護る。だから、無茶をしたいのならば、私の手の届くところにしてもらえませんか」
あまりにも真剣な表情で端からみれば脅しているようにも見える程だったが、高耶はまるで懇願されているような印象を覚えた。
「オレは、お前に護られるつもりはない」
「それでも構いません。私が勝手に護ります」
「………ッ」
高耶がどう言ったって、直江の心は少しも揺れないらしい。人の気も知らないで、となんだか怒りすら覚える。
「そうやって……オレはお前に怪我させるのか?霊と戦う度に?」
「……高耶さん」
「いつか怪我だけじゃあすまなくなるかもしれない」
もし、自分のせいで直江が命を落とすようなことになったら……。
そんなのは高耶はたまらないと思う。
一瞬黙った直江は、再び口をひらいた。
「命は……かけがえの無いものです。尊いものです。けれど私にはそれとは別にとてもつもなく重要なことがあります。それがあなたを護ることなんです」
高耶は自分の心臓を握り締められたかと思った。
「宿体を護ることに囚われて、あなたを護れないような間抜けな男にはなりたくありません」
そんな風に言われても全然嬉しくない、と必死に思い込む。甘えたい心を必死に抑え込む。
「命を投げ出してもいいってゆーのか……ッ」
「いいえ、投げ出すつもりもありません。かけがえのないものだと言ったでしょう?それにあなたを護る為にもやはりこの身体は必要なんです」
直江の目はひどく真剣に光っている。
「優先順位を誤りたくないということです」
暫く黙っていた高耶は不意に直江の瞳を探るように見つめた。
「お前は俺の……景虎のために生きているのか」
今度は直江が身体を強張らせる番だった。
重い沈黙がふたりに圧し掛かる。
何も答えない直江に、高耶は言った。
「わかった、もうきかねーよ」
高耶は大きくため息をついた。
「もう、もう怒んなよ……」
こういう雰囲気は苦手だ。
「あなたに怒っているわけではないんです」
そんな高耶に直江は目を伏せてから、車の外に視線を移した。
「自分を許せなかったんです。あなたの行動くらい、すぐに解って当然だったはずなのに」
それを聞いて高耶がどうせオレは短絡的だよ、と口を尖らせると、車内の空気が少し和らいだ。
直江の発する雰囲気も、いつの間にか普段の直江のものに戻っている。
高耶は今ならずっと引っかかっていた事を聞ける気がした。
「なぁ、直江」
「はい」
「なんで俺を誘ったんだ、今回。ほんとは霊査の訓練なんて、嘘だったんだろ」
最初の安曇野の事を言いたかった。
「嘘ではありませんが……」
直江は急な話題に目を丸くして言葉を探している。
「疑わしい事故だったのは本当です。ただあなたを誘った理由は」
さらりと言った。
「どうしても蕎麦が食べたかったからですよ」
さすがに一人では予約が取りにくかったもので、と言う直江を、高耶は、まじかよ、と見つめた。
「冗談です」
「てめぇなあ……」
呆れ顔の高耶に直江は今度こそ真剣な顔で告げる。
「あなたの笑顔が見たかったからですよ」
一瞬、言葉に詰まった高耶だったが、からかわれたと思ったのか、力いっぱい怒鳴り返した。
「野郎の顔見て喜んでんじゃねーよっ!」
それを聞いた直江は、やっと笑顔を見せた。
「……そんなんじゃない」
「私のいないところで、あなたの身に何かあったら……」
高耶が直江を見ると、その顔が苦しげに歪んでいた。
「もう二度とあなたを失いたくないんです」
「直江……」
「あなたは自分の身を第一に考えろと言ったって、聞く人ではありません。簡単に自らを投げ出してしまう。だから、あなたのことは私が護ると決めたんです。あなたが何ものかを護るというのなら、それ以上の強さで私があなたを護る。だから、無茶をしたいのならば、私の手の届くところにしてもらえませんか」
あまりにも真剣な表情で端からみれば脅しているようにも見える程だったが、高耶はまるで懇願されているような印象を覚えた。
「オレは、お前に護られるつもりはない」
「それでも構いません。私が勝手に護ります」
「………ッ」
高耶がどう言ったって、直江の心は少しも揺れないらしい。人の気も知らないで、となんだか怒りすら覚える。
「そうやって……オレはお前に怪我させるのか?霊と戦う度に?」
「……高耶さん」
「いつか怪我だけじゃあすまなくなるかもしれない」
もし、自分のせいで直江が命を落とすようなことになったら……。
そんなのは高耶はたまらないと思う。
一瞬黙った直江は、再び口をひらいた。
「命は……かけがえの無いものです。尊いものです。けれど私にはそれとは別にとてもつもなく重要なことがあります。それがあなたを護ることなんです」
高耶は自分の心臓を握り締められたかと思った。
「宿体を護ることに囚われて、あなたを護れないような間抜けな男にはなりたくありません」
そんな風に言われても全然嬉しくない、と必死に思い込む。甘えたい心を必死に抑え込む。
「命を投げ出してもいいってゆーのか……ッ」
「いいえ、投げ出すつもりもありません。かけがえのないものだと言ったでしょう?それにあなたを護る為にもやはりこの身体は必要なんです」
直江の目はひどく真剣に光っている。
「優先順位を誤りたくないということです」
暫く黙っていた高耶は不意に直江の瞳を探るように見つめた。
「お前は俺の……景虎のために生きているのか」
今度は直江が身体を強張らせる番だった。
重い沈黙がふたりに圧し掛かる。
何も答えない直江に、高耶は言った。
「わかった、もうきかねーよ」
高耶は大きくため息をついた。
「もう、もう怒んなよ……」
こういう雰囲気は苦手だ。
「あなたに怒っているわけではないんです」
そんな高耶に直江は目を伏せてから、車の外に視線を移した。
「自分を許せなかったんです。あなたの行動くらい、すぐに解って当然だったはずなのに」
それを聞いて高耶がどうせオレは短絡的だよ、と口を尖らせると、車内の空気が少し和らいだ。
直江の発する雰囲気も、いつの間にか普段の直江のものに戻っている。
高耶は今ならずっと引っかかっていた事を聞ける気がした。
「なぁ、直江」
「はい」
「なんで俺を誘ったんだ、今回。ほんとは霊査の訓練なんて、嘘だったんだろ」
最初の安曇野の事を言いたかった。
「嘘ではありませんが……」
直江は急な話題に目を丸くして言葉を探している。
「疑わしい事故だったのは本当です。ただあなたを誘った理由は」
さらりと言った。
「どうしても蕎麦が食べたかったからですよ」
さすがに一人では予約が取りにくかったもので、と言う直江を、高耶は、まじかよ、と見つめた。
「冗談です」
「てめぇなあ……」
呆れ顔の高耶に直江は今度こそ真剣な顔で告げる。
「あなたの笑顔が見たかったからですよ」
一瞬、言葉に詰まった高耶だったが、からかわれたと思ったのか、力いっぱい怒鳴り返した。
「野郎の顔見て喜んでんじゃねーよっ!」
それを聞いた直江は、やっと笑顔を見せた。
かいこん ほこら
悔恨の小祠